たかが箸、されど箸
マイ箸を探すなら
銀座の並木通り三丁目に、間口一間ほどの「卯の花」という店がある。
一歩足を踏み入れると、壁という壁、棚という棚、天井からも色彩が渦を巻くように迫ってくる。
深呼吸をしてよく見ると、まず目に飛び込んできたのは箸、箸、箸だ。
カラフルな箸、ガラスの箸、渋い箸、子供用の箸、名前入りの箸,螺鈿や象牙の箸など、さまざまな箸がきれいにディスプレイされている。また、箸置きや箸入れの数々に、和食器も所狭しと並び、見ているうちに、いつのまにか幼い頃の思い出が蘇ってきた。

美しいもの、愛らしいものに目がない私が、足を停めた店とは。

銀座並木通りにある「卯の花」には、箸や和食器の数々が並ぶ。
生家には、太い象牙の箸があった。
使い込んであめ色になった箸は、大事なお客様の時の取り箸に使っていた。
この箸には特別の役割があり、誰かが魚の小骨を咽に引っかけると、「ゾーゲノハシ」の出番となるのだった。祖母の膝の上に乗り、上を向いて咽のところを象牙の箸の太い部分で静かに撫でてもらうと、不思議に痛みが取れた。肝心の小骨が取れたかどうかは忘れたが、安堵の気持ちは今もはっきりと覚えている。
思い出にふけっているうちに、夫が花見箸を見つけた。
それは携帯用の折りたたみ式箸で、ケースに入れたサイズが縦12センチ、
横3センチとコンパクトだ。しかも軽い。
材質は紫檀で、ジョイント部分の見事な処理には驚いてしまった。
内蔵された金具をはめると、いったいどこが継ぎ目かしげしげ見ても指で感触を確かめても、わからないのだ。
聞けば大阪の木原さんという、漆硯・唐木細工で有名な職人の作品だという。
それにしても「花見箸」とは何と豊かなやさしい言葉だろう。
こうした品は出会いもの。あとで欲しくなってもあるとは限らない。
結局揃いでもとめたが、大切に扱うように気をつけなければ……。

花見箸・折りたたみ式の携帯用箸。ジョイントすると継ぎ目がまったく
分からなくなる名人の作。赤い布のケースが夫のもの。青は私。
それにしても、ふだん気にも留めないで使っている箸について、知れば知るほど奥が深いことが分かってきた。
小さな箸の美術館のようなこの店には、ふだん使いから職人の削りの技が光る芸術品ともいえるものまで集められ、どれもが欲しい物ばかりだ。
いつか、虹色に光る貝殻が象嵌された「若狭螺鈿朱塗り箸」を求め、手製の箸入れを作ろう。その次は……。
小さな贅沢を楽しんでいる私である。

店内には色とりどりの吊るし雛が揺れて、春を告げていた。