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ブラムリー つづくのつづき

小布施の地に青りんごが実るまで

さて、イギリスで評判のブラムリーが、どうして日本で収穫できるようになったのだろうか。
これは、荒井 豊(みのる)氏の並々ならぬりんごへの愛情が、文字通り実を結んだことによる。

今からおよそ20年前のこと、英国王立園芸協会(RHS)に世界でただひとつの直轄の支部が、日本に誕生した。初代理事長は荒井氏である。
RHSといえば、エリザベス女王を総裁にいただき、200年の歴史を誇る園芸愛好家の権威ある大きな団体だ。初夏の園芸シーズン幕開けとして有名な『チェルシーのフラワーショー」は、RHSの主催による恒例のイベントである。また、サリー州にあるRHS付属の『ウイズリー植物園」を世界の各地から訪れる植物愛好家も数多く、現在は35万人の会員がいるという。

このRHSの日本支部実現について、交渉に当たったのが当時西洋環境開発株式会社に勤務していた荒井氏だった。
彼は交渉や契約のために何度となく渡英し、イギリスの実際の暮らしを垣間見るうちに、庭に植えられているりんごの樹が目に付きだした。というのは、彼はりんご生産で名高い長野県小布施町の出身で、生家はりんご農家だからだ。
英国人との話題もりんごなら負けはしない。国は違っても植物を愛する心は同じである。おそらく荒井氏のりんごに対する情熱が、交渉成立の一助になったのではないだろうか。

ちょうどその頃、小布施町では町おこしのことで悩んでいた。
古くから桑を植えて養蚕一筋だったが、昭和初期の大暴落で大打撃を受けた。しかし、いち早くりんご畑に転換して好成績をあげ、栗の菓子と北斎の天井画、古い町並みなどで観光客にアピールしてきたが、りんごの成績がはかばかしくないという。
荒井氏は小布施出身の在京者の会「東京小布施会」の世話役を勤めており、
会には欠かさず出席をする歴代の町長と情報交換をするうちに、ひらめいたことがあった。

荒井氏は、RHSのりんごの保存圃場を思い浮かべた。
そこには800本ではない、800数品種のりんごが、正しい形質を伝えるために保存栽培されているのだ。

彼はかねがね日本には料理用のりんごがないことに、気づいていた。
唯一の紅玉は酸味があるため料理や菓子にも使えるが、元来は生食用だ。
そのため酸味は次第に劣化し、いわゆるボケが早い欠点がある。
食の文化も嗜好も西洋化している現在、クッキングアップルの存在は大きいいに違いない。RHSから導入してはどうだろうか。

このアイデアに町長も大賛成。RHSに申し入れ、導入が決定したのが
1989年のことである。

あれから17年、今年はブラムリーの大豊作で、注文も受け付けられるようになった。りんごを受け取った方々から、うれしい感想をつづったメールやお便りが数多く寄せられている。
英国とのりんごの架け橋に尽力し貢献した荒井氏は今や悠々自適の身。
ふるさとに実を結んだブラムリーの応援団長として、張り切っている。

思えば、RHSから届いた料理用りんごのリストから長野県樹試験場長と5種に絞り込んだのが、1990年1月。
同年2月に横浜植物検疫所で「マルバカイドウ」を台木として接木し、隔離栽培が始まった。
1991年も押迫った暮れに、1種を除いた4種類が小布施の農家に到着。
約1年間留め置かれたことになるが、めでたく定植を終えた。

最初の収穫は1994年。30キロほどを料理テストに使い、4種の中からWilks(ウイルクス)とBramley(ブラムリー)に絞り込んだ。このときに参加したのがエドモンドホテルの中村シェフと私たちの料理研究グループだった。ブラムリーは酸味が強く、ペクチンも多い。すぐに煮溶ける特徴が、アっプルパイに適しているかどうかで意見が分かれた。

2002年、ブラムリー230キロ、ウイルクス360キロの収穫。

2004年、ブラムリー600キロ、ウイルクス440キロを収穫。
辰巳芳子先生主催でエドモンドホテルの中村シェフが腕をふるい、ブラムリー尽くしの試食会が行われた。参加者全員ブラムリーの偉大なる力を実感。
イベントや応援団のおかげで、少しづつこのりんごのことが知られ、「横浜ビゴの店」などの有名店からも、注文が来るようになった。

2005年、ブラムリー800キロ、ウイルクス20キロ。
「新宿高野」のフルーツパーラーで、10月の1ヶ月間「ブラムリーのアップルパイ」として、限定販売にこぎつけた。

そして2006年は、大豊作となった。
荒井氏の資料をお借りして長々と記したのには、わけがある。これから50年、100年後に、この植物の履歴が判然としていることは、食の文化や時代の特質を調べる者にとって、重要な足がかりとなるからだ。

今、私の机の上で芳香を放っているのは、青りんごのブラムリーだ。
明日、この種子をメアリーのように蒔いてみよう。
実生のりんごが実るまで何年かかるのか、どんな実がなるのか、
青い果実に寄せる想いは、どんどんふくらんでいる。






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