HOME:広田せい子のハーブガーデン

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67歳のバースディケーキ

今日は私の67歳の誕生日。
2日前には長男の家族がお祝いの昼食を設けてくれ、今日は次男夫婦と末の妹が来てくれた。
次男たちの友人に、素晴らしいお菓子を創るパティシェの尚さんがいる。プレゼントは、彼女特製のイチゴとラズベリーを豪華にあしらったバースディケーキだった。結局、大人5人でぺろりと平らげ、夜ご飯は食べられないほど満腹。夜に3男からの、おめでとうの電話も嬉しかった。

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幼かった日、12月は楽しい月だった。
6日(弟と妹の双子)、16日、24日と、5人姉弟のうちで4人の誕生日が続き、
父が3日に生まれているので、合計5回の誕生日とクリスマスで、6回もご馳走の日があった。

合同ですれば1回で済むものを、戦後で物資の乏しい中を母は苦労して一人ひとりの誕生日のために、ささやかでもハレの献立を用意してくれた。
ご馳走といっても、今ではケになってしまった料理だ。
思い出すのは、ライスカレー。カレーライスではない。子供用にちょっぴり黄色の色がついた「辛くないカレー」で、ふだんは使わないセイヨウザラに盛りつけただけでも、あらたまった緊張感があった。
たぶんオールドノリタケだと思うが、その皿はクリーム色の地に薄緑色の幅広い縁取りがあり、中央と縁取りには金色の鳥と草花が描いてあった。
散らし寿司、五目ご飯、鶏飯など、今では1年中コンビニで買える。
しかし、めったに食べられないこうした祝いの食事は、たとえ五目が揃わずにニ目ご飯でも晴れがましく、その美味しさは忘れられない。
なつかしいのは、緑色の寒天。外側は濃い緑、内側は白、輪郭が青の琺瑯の四角いバットに流し固めたぷるぷるんの寒天は、最高の「オショクゴ」だった。

そうか、いつの間にか67歳。
若い頃、67歳と聞いたら「老婆」というイメージ以外の何物でなかった。
60歳も80歳も同じくおばあさんだと思っていた。
ところが、いざ自分がその年になってみると、67歳と68歳の違いが実感としてわかる。

さて、来年の誕生日はどんな日になるのだろう。
楽しみであり、そして少しばかり気がかりでもある。

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