HOME:広田せい子のハーブガーデン

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なつかしいアイロン

久しぶりに、懐かしい道具に出会った。

それは八丈島の歴史民族資料館に陳列してあった、
古いアイロンだった。

おそらく若い人には、
形を見ただけでは、アイロンだと見当がつかないだろう。
昔は「火熨斗」(ひのし)といっていたのを、
幼いときに何度か、観音講のお年よりから聞いたことがあった。
熨斗とは、熨斗鮑や熨斗紙にみられるように、
平べったくのばす、という意味である。
このクラシックなアイロンは、鉄で出来た重い箱の中に熱した炭をいれ、
布の皺を「のす」ので「火熨斗」というわけだ。







ところで、
実家には、蔵の棚にしまってあった立派な蓋がついたアイロンと、
マストのような煙突(?)がついていたものがあった。
しかし、幼いときの記憶をたどってみても、母が使っていたという覚えが無い。

実家の電気アイロンは、いつ頃からあったのだろうか。
僧侶の父は、ほとんど和服か法衣で過ごしていたので、
母がアイロンを使うのは、娘たちの洋服を縫ったり、洗濯のあとだった。
洗濯やアイロンといえば、私たちもひだスカートに寝押しをしたり、
手で洗ったハンカチを濡れているうちにガラスに貼り付け、
皺一つなくパリッとさせたものを使うのが、嬉しかった。

浴衣に糊をつけてパンパンと叩き、皺を取ること、
ほどいて張り板に張り、縫い直したことなど、
50~60年前の当時の丁寧な暮らしがよみがえってきた。
伸子張り、洗濯板、洗濯石鹸、モノゲン・・・。
何と懐かしい言葉だろう。
張り板はムクのりっぱな杉板で、滑り台にして遊んだっけ・・・。
私と同じ感想を抱いた方は、きっと66歳前後の方に違いない。

主婦の家事を炊事洗濯というように、洗濯もアイロンがけも、
昔は今よりももっと時間と労力を費やしなければならなかった

ロンドンのリージェント・ストリートにリバティ百貨店がある。
リバティといえば、小花模様のタナローンという絹のような手触りの布が、代名詞になっている。
これはコットン100%の布地の皺が、目立たないようにという、
アイデアから生まれたものだと聞いた。

ところで、外国の時代物の映画を見るたびに、
当時はどのようにして、アイロンをかけていたのだろうか、と思うことがある。
西部劇に出てくる長いスカートに、皺一つ無いブラウス。フリルやフレイヤーの多いワンピースなどの手入れは、容易ではない。
特に「ピアノ・レッスン」は、印象に残る映画だった。
ヒロインはスコットランドからグランドピアノ持参で、
ニュージランドへ嫁入りした女性だ。言葉を失い、複雑な精神状態にある彼女が、
泥の中でどろどろに汚れたのに、きれいになったピンタックの服で再登場したシーンがある(記憶が正しいかどうか怪しいが)。
たしかあの映画は、19世紀のニュージランドの未開の部落という設定だった。
現地の召使がアイロンをかける技術をもっていたのか、彼女が身につけてきた生活文化だったのか。
どうでもよいことだけれど、なぜか気になる。

明日か明後日、「エリザベス・ゴールデン・エイジ」を見に行く予定だ。
エリザベスのコスチュームが今から楽しみでならないが、
あの衿飾りには、特に注目してこよう。

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