胸元で香る小さな花束

日当たりのよい南側の斜面で、優しい香りを漂わてニオイスミレ(スイートバイオレット)が咲いている。
二度の雪にもめげずに、いきいきとした葉の間から春色の花をのぞかせているものの、
小さな花瓶に飾るにはまだ茎が短い。
こんなとき私は小さな小さな花束を作り、ブローチやペンダントのようにして楽しんでいる。
今朝作ったのは、この白いセーターに合わせたニオイスミレのブローチだ。
イギリスで見つけた、透かし模様がエレガントなビクトリアンのホルダーに挿して・・・。

一つ作ってみると面白くなってきた。
たった1輪でも、組み合わせれば何とかなる。
春もまだ浅い庭から摘んできた花で、こんなに春めいた胸飾りの数々ができた。
使った花は、パルマスミレ、ニオイスミレ、プリムラ・(メラコイデス ジュリアン)、ヴィオラいろいろ、
ダイアンサス、ミニバラ(グリーンアイズほか)、葉(カルーナ、クランベリー、センテッドゼラニューム)。
こうしてみると、二月の庭には意外にいろいろな花が咲いていることがわかる。
例年なら、こぼれ種子で庭のあちこちを青い色に染めるフランス生まれのワスレナグサが、
もう咲いている頃なのに・・・・。スイセンもカワヅサクラも今年は遅い。

西欧には、生花を胸元に飾るための posy pin (ポージー・ピン)がある。
おしゃれの一つの形として見過ごしがちだが、これが出来た背景には歴史的な出来事が存在している。
中世の頃、ヨーロッパで疫病が蔓延し、多くの人々命が奪われた。
細菌学がまだ確立していなかった当時は、悪霊や病魔たちの呪いによる仕業だとして、
撃退するにはハーブやスパイスの香りが最も有効だと信じていた。
そのため室内では香を焚いたり、ハーブやスパイスを火に投じては怨敵退散を計っていたそうだ。
外出する際はハーブで作ったポージー、タッジー・マッジー、ノーズ・ゲイなどという花束を手に持ち、
スカートの裾には香りの強いハーブを詰めたポマンダーを縫いつけていたという。
前置きが長くなったが、本来のフラワーホルダー型を小さくし、身につけるようにしたのが、
これらのポージー・ピンである。
左から、ミニバラ、ニオイスミレ、パルマスミレを挿したが、
花数が多いと吸水量も多くなり、ごらんのように生気がダウンする場合もあるので、気をつけたい。

長い間集めていたポージ-ピンの中から、いくつか取りだしてみた。左から、
☆ どんな花を挿してもよく似合う上品な銀色のもの。
中が透けて見えるので、茎を緑の葉で包んでから筒の部分に入れるとよい。
☆ アールヌーボースタイルの作家もの。
☆ 楽しいデザインの作家ものだが、重たい上に1点で止めるピンなので安定性が悪い。
☆ 何とこれはクラシックなフォークの下半身! アメリカのバザーで見つけた。
水の量が多く入るので植物にはハッピーなのだが、重さが増すのでウールのコートなどに。
あるいはドライフラワーのブーケなどに適している。

留め金や水入れのしくみがわかるように、後から見たところ。
自分で作る場合は、一番バランスの良い位置を探して留め金を付けることが肝心だ。

カジュアルに楽しめるガラスの小瓶を利用したフラワーペンダント。
私は1985年からNHK「趣味の園芸」でハーブの講師を務めてきたが、
出演する時はいつも胸元にハーブの花を活けたガラスのペンダントを下げていた。
あのときの反響は大きく、全国から問い合わせが数多くあったと聞いた。
市販のものがあることを知らなかったので、形が素敵な香水のサンプル瓶やガラスの涙壺に細い紐を結び、
ペンダントとして用いていた頃が懐かしい。
上の写真の右と左のガラス製のペンダントは、マミフラワーデザインスクールで求めたもの。
どちらもシェイプの美しさと機能的な強さを兼ね備えていて、もうかなり前から愛用している。
こんな使い方がある。
人とお会いする時に手土産で悩みがちだが、私は相手がペンダントに興味を示したときに、
『どうぞ、これプレゼントよ』と首にかけてあげることにしている。
興味を示さなかったら? ですって?
「豚に真珠」の例えどおり、もったいないからあげません。

小さな容器に草花を活けるのには、こつがある。
まず、いじくりまわさずにできるだけ短時間で終えること。
指から発する人体の熱は、草花にとっておそらく拷問に等しいかも・・・。
摘み取った草花の下葉を整理して、水揚げをしている間に、デザインを考える。
このとき大切なのは、容器の口径に合わせて花材を選ぶことと適正な長さを決めることだ。
下拵えが出来たら、親指、人差し指、中指の3本で茎の端をしっかりつまみ、
気合を入れて一回で挿す。
いくらよくまとまっていても無理やり挿しこんだり、やり直しをすれば傷むだけだ。
春はすぐ近くまで来ている。
今年はあなたの胸元にも、春の香りをただよわせてみてはいかがだろうか。