52年前の手編みのミトン

物置を整理していたら、懐かしいミトンが出てきた。
短大1年生の頃、友人からもらった赤い毛糸玉で編んだこのミトンは、
最初は5本指になるはずだった。
ところがぐずぐずしているうちに寒さが厳しくなってきたことと、
左右合わせて、10本も指を作るのが面倒なので、ミトンを思いついたのだった。
稚拙なメリヤス刺繍で動物の顔を刺したのも、
鼻の頭あたりにこぼしたインクの跡を隠すためだった。
あの頃は、こんなおかしな手袋をしている女子学生はめずらしかったようで、
通学でトロリ-バスや山手線の吊皮を持つ手に、視線を感じない日は無かった。
一番の思い出は、「ひよしや」でほめられたことだ。
「ひよしや」とは、森英恵のたぶんデビュー間もなくの店で、
新宿駅中央口を出て風月堂方面へ行く道を、1本左に入った所にあった。
後に世界的に有名になる人の店とは知らず、
好みの服や小物が素敵なので通学の帰り道によく立ち寄ったが、
ある時チーフと思しき女性から「このミトンはどちらで買ったのですか」と、聞かれた。
「自作です」と答えると、
「技術的には問題だらけにしても、アイデアがひじょうにユニークだわ。
次の作品が出来たらすぐに見せてください」といわれた。
今にして思えば、チャンスだったのかもしれないのに、あの頃はなぜ欲が無かったのだろう。
春が来て手袋がいらなくなったために、「ひよしや」のことを忘れてしまったのだった。
あれから52年。
左手だけのミトンのおかげで、18歳へのタイムマシーンにしばし乗ることが出来た。