HOME:広田せい子のハーブガーデン

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英国・癒しの旅③ 禁断の花

6月末にイギリスを訪れると、
日本では見ることが出来ない Opium poppy が、ちょうど花の盛りだ。

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これはいわゆるアヘンゲシで、
代表種のPapaver somniferum(パパベル・ソムニフェルム)と、
Papaver setigerum(パパベル・セテゲルム・写真上)が知られている。

どちらも上等なうす絹を細かく折り畳んだような花弁が、ひじょうに美しく、魅力的だ。

花の色は白が多く、くすんだ紫、ばら色、深紅色などの一重と八重咲きがあり、
花芯に暗紫色のブロッチが入る。
このケシの若い果実に傷をつけて乳液を採取し、精製したのが麻薬のアヘンとヘロインで、
治療薬のモルヒネも同じ種類のケシから採るのだそうだ。

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気をつけて見ていると、ロンドン市内の公園の植え込みや民家の花壇などでふつうに栽培されており、
郊外に残るサッチという茅葺のコテイジの前庭に、紅紫の八重咲きなどが咲いていたりすると、
まるでヴィクトリア時代の絵のようによく似合う。

イギリスでは、麻薬の取り締まりの対象にはなっているものの、
栽培を禁止する法律はないようで、誰でも花屋やガ-デンセンターなどでタネを買うことができる。
また、海外旅行の際に麻薬の取り締まりにルーズなスペインやポルトガルなどから
持ち帰る人もいるだろう。
なにしろ公立の植物園で、野放し状態で植えてあるのだから、心配してしまう。

ところが、日本ではこの種の栽培が発覚したら、即、パトカーが駆けつけて「御用」となる。
翌日のテレビや新聞には、でかでかと写真入りで報道されることだろう。


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アヘンゲシが中国経由で日本へ伝わったのは、
桃山時代から江戸時代にかけての頃だった。
興味深いことに、当時は青森で主に栽培されていたために、
「津軽」といえば、隠語でアヘンのことだったという。

その後国内で栽培を続け、和歌山と大阪が生産地として知られるようになった。
また、第一次世界大戦中は、医薬品国産奨励の一環として栽培が盛んになり、
第2次世界大戦後まで栽培が許可されていたというから、驚きである。

1954年に「アヘン法」が制定され、翌1955年から栽培が再開されたというが、
さて、この禁断の花はどこで誰が植えているものやら。

1か所だけ知っているのは、東京都小平にある東京都の薬草園で、一般に公開している。
悪者から盗まれないように、ダブルの金網の中に植えられたアヘンゲシは、
6月末に果実がある程度成熟したところで、収穫を行う。
リヤカーを引いて、切り取った果実と、台帳につけた開花の数が合うかどうか、
チェックしながらの作業である。

ところで、このアヘンゲシはイギリスの空き地や野原、ハイウエイの土手など、
場所を選ばずに育っていた。
それゆえ、輸入品のワイルドフラワーミックスの、
タネの中に混ざっているかもしれないので、要注意!!!

蒔いた種が発芽したら、細かく観察し、キャベツのように白っぽい色の葉が出たら、
まずはかなり怪しいと思われるその葉だけでも抜いて捨てよう。

★ 詳しくは下記のHPを

www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kenkou/.../index.html

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