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生きている46年前のクチナシ

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人間に寿命があるように、植物の命にも限りがある。

このつやつやした照り葉の苗は、クチナシだ。
梅雨の頃にさわやかな、それでいてどこか官能的な香りを漂わせる白い花が咲く。
ちょうど6月に開花するので、ジューンブライドの花束によく使われ、
花嫁をさらに引き立てる健気な花でもある。

ところで、クチナシの寿命は何年ぐらいなのだろう。

というのは、この苗の親株は私たちが1965年に植えているので、数えてみると46年目になる。
それなのに、花が咲いたところを、まだ見たことがない。

「なぜ?」
「どうして?」
と思われることだろう。

それには、こんないきさつがあるのだ。

私が結婚したのは、東京オリンピックの翌年にあたる1965年5月だった。
同年7月には、広田家のご先祖様への報告のために須賀川を訪れている。
菩提寺に御挨拶をした後、近くの墓地へ行き、お墓参りを済ませた。
その時、記念に植えたのが、2本のクチナシの苗だった。
大きな墓地の奥にある広田家の区画は杉木立の下で、
明るい半日蔭を好むクチナシにぴったりの場所だ。
ここなら大丈夫と安心し、ていねいに植え付けたことを覚えている。

須賀川は東北本線の郡山の手前にある。
私の実家はその先の福島市なので、
国道4号線を車で帰る時も、列車で帰る時も、よくお墓参りをしたものだった。

ところが、花の季節に会えることがなく、「そのうちに」と思いながら40数年がたってしまった。

5年目ごろから、気がついたことがある。
お盆で帰省した際に墓参りに行くと、クチナシの樹がバッサリと切られていた。
よく見ると鋭利な刃物でスパッと切ってあり、枝の詰め方もプロの仕業だ。

いくらクチナシの花が好きだとはいえ、
素人が2本分の花を自宅に飾ったら、あまりの香りの強さに頭痛を起こすか、眠れないにちがいない。
おそらくプロの花屋が目を付けたのだろう。

こんなことが続くうちに、いつの間にか私はまだ見ぬ「誰かさんによる剪定」に、感謝するようになっていた。
元気な植物でも植えっぱなしで放置しておいたら、寿命は短くなる。
誰かさんによる花の収穫がとりもなおさず「剪定」となったために、まだ生きているのだ。

虫の知らせか、胸さわぎとは、よく言ったものだ。
昨年の秋に墓参りをした時、何かはわからないおかしな気分になった。
痩せた枝だらけのクチナシが、何かを訴えている。
さすがに長生きしすぎたためか、例の「誰かさん」が老齢になって例の剪定ができなくなったのか・・・・。
クチナシの葉にはつやがなく、しょんぼりとしていた。

「長い間ご苦労様」
これが限度なのかもしれないと感じて、挿し木用の枝を切り、我が家へ連れて帰った
須賀川と比べると、こちらの温度がはるかに高いので、元気を取り戻したのだろう。
ほとんど活着し、春の定植を待っていた。

3月11日。
思ってもいなかった東日本大震災によって、須賀川は大ダメージを受けた。
ようやく高速道路が開通したので、
集めておいた水や食料などを、息子たちが福島市の実家へ届けに行ってくれた。
開通したとはいえ、途中のありさまは想像以上のものだったという。

帰り道、長男と三男がお墓のことを案じ、立ち寄ったものの、
墓石が総倒れで思わず息をのむほどの惨憺たる光景だったという。

どこが広田家の墓所かなどさっぱり分からず、
墓石を持ち上げることなどは重機でなくては出来そうもない。
ましてや目印のクチナシなど、まるで見当もつかなかったという。

昨年の秋に、クチナシの枝を切ったのはおそらく「お知らせ」だったのだろう。

自分の運命を知っていたのか、
半年も前から実家へ避難していたクチナシは、来年の初夏に花を開く。

これまでの過去をリセットし、
新しい土地でスターとを切ったこの花は、きっと私よりも長生きするだろう。

* 写真右側の中央に映っている茶色いものは、ガーデンキャットのマリコ。

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