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がんばれ! 唐辛子  ①

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  * 野性味が強い唐辛子といわれるテピン。小粒なので,鳥の餌となって各地へ運ばれた説がある。蝶激辛


唐辛子との付き合いは長い。
私の故郷の福島市ではナンバンといい、父の大好物だった。

父の嗜好ははっきりとして、時には激しいものがあった。

酸っぱいものが好きで、青梅に塩をつけてがりがりと食べ、
誰かが「毒だ」と制しても、「大丈夫、大丈夫」と平気な顔をして食べていた。

寺の住職なのでいつでも甘いものがあるせいか、甘いものを食べている父を思い出せないが、
辛いものに目がなく、ナンバンがまだ青いうちから自分で油味噌を作り、
その中にぶつ切りのナンバンを入れたナンバン味噌で、ご飯を食べるのが好きだった。

食卓にはいつも七味唐辛子があり、おつゆにパッパ、漬物にパッパ、・・・・だった。
汗っかきの父はナンバンを食べると、文字通り坊主頭に汗が流れた。
父の座る場所は上座といい、後ろが漆塗りの板戸だ。
これがいわゆる黒バックになり、冬には父の頭から湯気が立つのがはっきり見えた。
まるで漫画のひとコマのようだが、そんな父の御相伴をしていた私は、
唐辛子大好き娘となった。


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 *  レッドハバネロ 唐辛子ブームの火付け役となったが、「暴君ネロ」とは、何の関係もない。超激辛


唐辛子は、世界中で最も多くの人々が使っているハーブの一つといわれている。
幼い頃に親しんだこの赤い小悪魔をもっと知りたくて、
世界各国から種を集め、畑を借りてトウガラシに取り組んだことがあった。
とにかく、一人で始めたので一馬力で頑張り、5,6年後には約300種ほどの記録を取ることができた。
まだ道の途中だったが、高知県の牧野植物園からの依頼で唐辛子を展示し、講演を行ったことが懐かしい。

また、唐辛子ををテーマにホテル日航の島田総料理長とのコラボレーションで、トウガラシディナーを開いたことも、楽しい思い出と同時に、生きた勉強になった。

借りていた土地は地主さんの都合で返すことになったが、あのとき捨てきれないでポットに移し、庭で世話をしていたトウガラシが、頑張ってまだ生きている。
ガラスだけの小さなフレームに入れたこともあったが、数年前から冬は外に出しっぱなしだ。
原産地が熱帯アメリカなので耐寒性が無いはずなのに、このように越冬が可能になったのは、
やはり地球の温暖化のせだろうか。
                    (つづく)


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