HOME:広田せい子のハーブガーデン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

続 ・ 母と娘の手の物語

私が考え付いた作文というのは、会話だけで進行する。

「ねえ、お母さんの手は前からそんなにごつかったの?」
「いいえ、結婚する前は小学校の先生だったから、ほっそりしていたわ」
「だったら、なぜ? この間の父兄会で、とても恥ずかしかった」
というような感じの対話が続く。
私が生まれた昭和16年の12月16日は、第2次世界大戦が始まった直後だったから、
旧家に嫁いだ母は厳しい姑に仕え、ムギやカボチャやイモを植えて耐乏生活をしのいだ。
母の手荒れの原因を知り、母の苦労を思いやることもせずに、
外観で人を判断していた自分を恥じる私・・・・:。

たしかこのようなストーリーだったと思うが、実話だからペンが進む。
当然原稿用紙が足りなくなってしまった。
文字数も決まっていたこともすっかり忘れ、手を上げて原稿用紙をもらっては書き続けた。

テストが終わて正気に戻った私は、
文字数オーバーのことを思い出し、愕然とした。
「あぁ、大失敗・・・・。これでおしまいね」

すっかり諦めていた私に、面接の知らせが届いたのは、
冬休みで実家に帰っているときだった。

今は就活とか婚活などの言葉が流行り、すべてが早め早めで進んでいる。
今から47年前の就職試験は、ずいぶんゆったりとしていたものだった。

えっ、首尾はですって?
おかげさまで、合格でした。

考えてみたら、約半世紀前のできごとである。

HOME : TOP

Monthly

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。