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鉄瓶とマッチ

食器棚の整理をしていたときのことだ。
白木の枡が3個、奥のほうから出てきた。一つは酒の名前の焼印が入っているので景品だとわかったが、
他は角の木組みも見事な品で汚れもない。
今日はなるべくいらないものを捨てるという意気込みで整理を始めたのだが、
枡を1個だけでも豆まき用に残しておくべきか、それとも?

隣の部屋でフィルム整理の仕事をしている夫に、
「この枡、どうしましょうか?」と声をかけてみたが、通じないようだ。
「え? なーに、何のこと? マスってなんだっけ。それがどうしたの?」
ふだんの暮らしから遠くなってしまった道具の枡が、すぐにはぴんと来てないらしい。

最近同じような経験をした覚えがある。
近くにあるかなり大きな家庭用品専門店へ鉄瓶を買いに行ったときのことだ。
売り場を20代の男性店員に尋ねると、通じないようだ。同じフロアの店員に聞いてもわからないらしく、胸に課長の名札をつけた30代ぐらいの男性を連れてきた。彼は慇懃に
「ガラスの瓶ならございますが、あいにく手前どもでは鉄の瓶は取り扱っておりませんので、ハイ」

そうか・・・・、この辺りの新興住宅地で鉄瓶を使っている家はほとんどないので、鉄瓶はもはや死語に等しいのかもしれない。

しかし、マッチを知らない店員もいるのは、ショックだった。
ガスの点火がうまくいかないので、大きなホームセンターへ行ったついでに、マッチを探した。
アルバイトらしい若い青年にマッチの売り場を尋ねると、2~3人の店員が集まって来たのにただうろうろしているばかりだ。とうとうレジのおばさんがやってきて、
「マッチってね、お線香に火をつけるときに使う細い棒でね、先の赤い所を箱でこすると火が出るものよ。この先の棚のローソクとお線香のところにあるからね」と教えている。

もしかして外国の学生さんかと思ったが、たしかに日本人のようだ。
生活文化の向上とともに、日本は今やマッチが要らない世の中になった。
もしも子供たちがマッチを使うと、「火遊びをする悪い子」のレッテルを貼られてしまう。
私でさえ、庭の落ち葉を燃やそうとして火をつけたとしたら、隣近所が通報してすぐに消防車が来ることだろう。
枡や鉄瓶は時代とともに変遷する道具のことだから、目くじらを立てることもないし、笑い話にしてもよい。
しかし、ギリシャ神話が語るようにプロメチュウスが天界から人間のために盗んできた火は
、生きていくうえでなくてはならないものだ。
もしも次の瞬間、天変地異のために我々はは多くのものを失ったら、と想像してみよう。

食べるものを見つけたとしても、火がなければ調理ができないし、お茶も飲めない。
暖を取りたくても、電気もガスもないので、できることといえば身を寄せ合うことだけ。
こんな時、一箱のマッチがあったとしたら・・・・、不可能だったことが可能になることもあるだろう。
しかし、火の燃やし方を知らないと、数に限りがあるマッチを無駄遣いしてしまう。
今、成人男性のうちで火をおこせる者は、ぐんと少ないのではないだろうか。

わが家の3人の息子たちは、小学生時代に山の家で火を焚くことを覚えた。
まず、紙や枯れ木などの焚き付けに火をつけ、上に乗せた細い柴木に火を移す。
だんだんに太い木に燃え移すまでのプロセスが難しい。
また、燃えやすいがすぐにもえつきてしまう木、はねて危険な木、燃えるまで時間がかかるがオキになって長時間燃えている木など、いろいろ覚えたがもう忘れてしまったろうか。

明日は私立中学校のテスト日だ。
受験勉強と同じ、いやそれ以上に大切なのは、生きるための知恵と技術ではないだろうか。

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