河津桜と子どもたち

我が家の前に、遊水池を兼ねた公園のようなグラウンドがある。
その土手に植えられた5本河津桜が咲き始めた。

今年は天候が不順で、
開花寸前の所までいっても、寒さでいじけてしまったり、
ヒヨドリについばまれたりで、桜はさんざんな目にあっている。
だから、枝先のつぼみが膨らんで、先端が紅を挿したかのように染まると、
散歩の定連たちは足を止め、
「待ってました」とばかりにサクラを見上げる人も多いようだ。

道路を隔てた高台の庭で手入れをしていると、
道行く人々の会話が聞こえてくる。
この桜を見るためにわざわざ遠くから車で来た人がいたり、
デジカメで記念撮影するカップルの声も、弾んでいる。

この桜が植えられて10年ほどになるが、
一昨年前からこんな不思議な事が起こっている。
近ごろの子供たちは塾通いやお稽古などで忙しいのか、
学校から帰宅後に、公園で遊ぶ子はほとんど見たことがなかった。
ところが、今や河津桜の周りに子どもたちが集まるようになり、
ささやかながら人気スポットのようになっている。
公園内には立派なソメイヨシノの大木が何本もあるのに、
なぜこのように若い樹が好まれるのだろうか。
この桜は、暮れ近くまで黄色い大きな葉をつけており、
落葉して間もなく2月下旬には、濃いピンクの大きめの花を開く。
集団登校の通学路に面しているから印象が強かったのかもしれないが、
子どもたちが集まるようになったきっかけは、意外なことだった。

今なお残念でならないが、
ある日突然、桜の隣にあったミモザの樹が根元からばっさりと伐られてしまった。
後に残ったのは大きな切り株だけ・・・・・・。
卵色の綿毛のような花を無数につけて、
晩春の夕暮れ時に優しい芳香を漂わせていたミモザは、もう帰ってこない。
あまりのショックに落ち込んでいた時、
庭の外から少女たちの気取った声が聞こえてきた。
「あら、奥様、なんてすてきなおうちざますこと・・・・」 「ありがとう。私のキッチンはこちらざあますのよ」
どこで覚えてきた話し方かしらないが、あの切り株を
台所に見立てて、さっそくおうちごっこが始まっているではないか。

翌日は男の子たちが、どこからか毛布を持って来て、
切り株の上にテントのようなものを作った。
リーダー格らしき男の子はなぜかおかしな静岡弁で、
何にでも語尾に「・・・ズラ」とつけるくせがある。
しばらくすると小さな子供まで、真似して[ズラ、ズラ~」と叫びながら桜の枝にぶら下がり、
まるで小猿が遊んでいるように見えた。
こんな感じでミモザの切り株に誘われた子供たちは、
河津桜の周辺で今でも暗くなるまでよく遊んでいる。
明日の天気予報は雨だというが、
西の空の夕焼けを見るとどうやら降りはしないようだ。
この陽気では、桜も一気に咲くことだろう。
