HOME:広田せい子のハーブガーデン

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あぁ、よかった!

「地震、雷、火事、おやじ」
昔の人は、恐ろしさの順位を、カテゴリーにこだわらず、
見事に切り取って見せた。

刻々と全容が分かってきた今回の地震はけた外れのエネルギーだ・。
被災者の数もけた外れで、まだ正確な数字がでていない。

眼を皿のようにして避難者リストをチェックしていたら、
私と同じ様に菅原先生を恩師とよぶ方も、先生を探していることが分かった。
どこの学校でも、きっと人気のあるいい先生だったのだろう。


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今朝はパジャマ姿のままパソコンの前に座り込んだ。
何んと書き込みをしておいた件に、水谷さんと座間さんという二人の方から
情報が入っていた。

宮城県の安否確認情報共有サイトを見てみたら?
というヒントをいただき、早速開いてみた。

このリストはよくできている。
まず集落ごとに分けて、さらにブロックでまとめたうえにア順に整理されているので、
よくわかる。

サトウさんはどこへ行っても圧倒的に多いなぁ。

サ、シ、スと進み、いよいよスガワラ。この名字の方も多い。

スガワラデンスケ、スガワラトキオ、もうすぐだわ。もしも出てこなければ・・・、
祈るように次の行に目をやると、スガワラトシヒコ!!!


あぁ、よかった。

松尾コミュニテイセンターに、避難しておられるようだ。

口から出てくる言葉は「あぁ、よかった」ばかり。

そうそう、早く中学校の同級生に教えなくては・・・。


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恩師の無事を祈りながら

東北、北関東を襲ったあの惨事以来、
さまざまなな手立てを用いて、
岩手県や宮城県、福島県の主だった友人や知人の消息を求めてきた。

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その結果、今のところ唯一人を除いては何とか無事であることがわかった。

そのただ一人とは、
宮城県本吉郡本吉町津谷松尾9-1にお住まいの恩師・菅原俊彦先生である。

私がハーブに興味を抱き、自分流ながら勉強を始めたのは、
生物を教えてくださった菅原先生のおかげだ。

一般的に、先生を好きになるとその学科の成績が上がると言われている。

大学を卒業したばかりのほやほや先生に、女子生徒はみんな「お熱」で、
(あぁ、何と懐かしい言葉だろう!)
私もその一人だった。

先生にこちらを向いてもらうには、
いい成績を取る。テストで頑張る。わざと難しい質問をする・・・。

気がついてみると生物の成績がぐんと上がっていた。
中学2年生の頃から植物採集や分類などを始めたのも、
今にして思えば、先生に認められたいからだった。

真っ先に、高校合格や短大入学の報告、
初めての著書をお送りしたのも、菅原先生だった。

もう何年になるだろうか、

奥様が気仙沼で揚った旬の鰹や、秋刀魚を送ってくださり、
私からは奈良の柿の葉寿司をお送りするのが、嬉しい季節の挨拶となった。

地図で調べると、先生のお宅は浜辺から1キロもない。
この距離ではあの悪魔のような大波に一瞬に呑み込まれてしまったのでは・・・・。

いやいや、そんなことは無い、無いに決まっている。
スポーツマンの先生だからきっと警報を聞いてすぐに退避なさったにちがいない。

刻々と取材が進むテレビの画面を注視しているうちに、
思わずため息が漏れ、涙がこぼれてくる。

パソコンに入力して消息を調べると、同じ名字の列が続く。
もしやと期待をしても、肝心の文字を素通りしてしまう悲しさ・・・。

もしも最悪のことが判明するかもしれない画面を開くのが、恐ろしくてたまらない。
テレビを見るのも、つらくなってきた。

お元気なことがわかるだけでいい。

お願いします。


無情な春

北国では、あの悪夢のような現実が続いているというのに、

自然は勝手だ。

頼みもしないのに、私の庭には春が来ようとしている。


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薔薇の新芽は紅く萌え、

芳香水仙のマチルダに、青い花のエキウムも、

花盛りだ。

私は無事です

この数日間、たくさんのメールや電話をいただいた。

「ご無事ですか」

「お元気でしょうね」

などと、福島出身の私の消息を気遣ってくださる。

このブログの2月5日6日、9日に福島のことを、嬉しそうに書いていたのに、
東北、関東大震災の後は、ふっつりと更新が絶えてしまったのだから、
よくよく心配してくださったのだろう。

おかげさまで、私は無事で元気です。

お心にかけていただき、ほんとうにありがとうございます。
実家のほうも、地震の被害で不自由な暮らしのようですが、
身内に怪我や病気もないので、ご安心ください。

せっかく心配してくださった方には失礼かも知らないが、
興味深いことをおしらせしよう。
私がブログの更新をできなかった理由を推察した結果は、


① 福島へ行った時に運悪く地震に遭い、行方不明に・・・・。

② 福島の実家から浜通りへ魚料理を食べに行き、津波に・・・。

③ 盛岡にはボランティアやオープンガーデンの仲間が、
  宮城県にはガーデンデザインやプロデュースをしていた現場があるので、そこで・・・。

④ 福島の親戚が災難に遭ったために安否を気遣い、心労で寝込んだのでは・・・・。

⑤ ふる里福島を愛するあまり何とか駆けつけ、炊き出し係をしているとか・・・・・。


今までに寄せられたメールや電話を、内容別に記してみたが、①と②が多い。

ユニークなのは、⑥で、テレビに映ったというのだ。

さて、ブログを更新しなかった本当の理由は、
今回の大惨事をありきたりの言葉で記したくないという気持ちが強く、
軽々しく触れたくなかったからだ。

私にできることは、ただひたすらひたすら祈ること・・・・・。

震度5の恐怖

「おかしいわ、眩暈がする」

昨日から部屋の片づけを大々的に始めた。
部屋の隅で、本の整理をしていたら、突然気分が悪くなった。

まるで船酔いのような感じ。
突然家の中がガタガタと揺れ始めて、はっと気付いた。
これは地震だ。

本棚の前にしゃがんで本を束ねていたが、ここは危険な場所にちがいない。
本が落ちてきたら、
本棚が倒れてきたら、いちころだもの。

ところがその場を離れようとしても、足がすくんで歩けない。
あぁ、このままでは怪我をして、死んでしまう。
どうしよう。

そのとき、常日頃、庭の西洋菩提樹は根が張っているから、
地震のときはあの樹の下へと、夫が口癖のように言っていたのを、
思い出した。

それにしても、揺れ幅が大きいし、時間が長い。
一体、いつまで揺れるのだろう。

アトリエとよんでいる仕事部屋のドアから外へ出て、
這うようにして進む。

電線がバサーンバサーンと大きく波打ち、
公園の方角から子供のおびえた泣き声が聞こえる。

命からがら部屋へ戻り、余震を警戒していたが、
テレビによると震度5とある。
これまでの経験では4強が最高だから、
震度5の激しく長い揺れはこのぐらいなのだろう。

ふだんは夫が出かけてくれるとほっとするのだが、
今日はいてくれてよかった。

市民が作った愛唱歌

私の生まれた福島市には、夢色の花が咲く丘がある。

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正しい地名があるはずなのに、私たちはいつの頃からか「花見山」と呼ぶようになった。
山というよりなだらかな丘は、四季折々の花の色に染まる。
とりわけ、早春から初夏にかけて、ヤマザクラやハクモクレン、レンギョウ、
サンシュユ、ツツジ、アジサイなどが咲く季節は、パステルで描いた絵のようにロマンチックだ。

花のシーズンには市民はもちろん 県外から訪れる見学者も多く、
昨年は30万人を超えたという。

驚いたことに、
この花見山は行政ではなく地主の阿部一郎さんが、
善意によって60年ほど前から、私有地を無料でオープンし続けているのだ。

阿部さんの職業は切り花の生産者で、さまざまな種類の花木を植えている。
毎年のように枝を切って出荷するために、あまり植物の丈が伸びないが、
かえって散策する人の目線と一致するのか、
花が身近に感じられて、足を運ぶ人が増えていった。

阿部さんが一人で園内の整備をしているのを見て、隣り合った丘に花畑を持つ人たちが、
阿部さんと同じような植物を植え始めた。
あの丘もこの丘も、次第に花の丘は広がっていった。

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さて、福島市には「ふくしま100人会」というグループがある。

メンバーは戦後の昭和22,23年に生まれた、いわゆる団塊の世代の人たちだ。
ふるさと福島を愛し、メンバーの男女100人が力を合わせ、
幸せな世の中になるよう地道に活動を続けている集団である。

今年はちょうど15周年目にあたり、
福島市の宝物である花見山をテーマにした愛唱歌を作り、
市民参加のかたちで歌い継いでいこう、という企画を進めていた。

歌い手は、メンバーが学生時代に憧れていたあの透き通るような声の持ち主の
白鳥英美子さんにお願いできたら・・・、ということになった。


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過日、弟から電話があった。

「せい子さんは前に白鳥英美子さんと一緒に仕事をしたことがあったよね」
「えぇ、でもどうして急に・・・」
じつは100人会の会長は、私の弟なのだ。

今から10年ほど前になるだろうか。
NHKのBSテレビで、白鳥さんと共演したことがあった。
タイトルはたしか、[歌とハーブのガーデンコンサート」と記憶している。

ステージは、名古屋ー広島ー札幌ー仙台と4か所で行った。
お互いに大の花好き、動物好きで、すぐに打ち解け、
ツアーは楽しい思い出がいっぱいの、良い旅だった。

あれから、花や美味しいものなどが二人の間を行き来し、
『また、お会いしたいわ」』が、合言葉のようになっていた。

まことに縁とは不思議なもの。
花の取り持つ縁で、今、まさに新しい歌が生まれようとしている。

「夢見る花見山」の歌入れに立ち会って

あぁ、楽しかった。

先ほど、渋谷のスタジオから帰宅。
夕飯の準備をしていても、いつの間にかあの歌を口ずさんでいる。

あの歌とは、白鳥英美子さんがまもなく発表するイメージソングだ。

神様は私たちにさまざまな能力を与えてくださったが、
詞を作り歌をともに歌う喜びを授かったことを、今日こそ実感したことはなかった。

というのは、私が作詞し、白鳥さんが作曲した歌の[ 夢見る花見山 」が生まれたからだ。

今日は「歌入れ」という最終段階に近い制作工程に立ち会ってきたが、
1曲が誕生するためには、目に見えない数多くのプロセスと感性が必要だということを、
再認識した。

それでは「関係者以外立ち入り禁止」の、スタジオをのぞいてみよう。


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音を調節するコントロールパネル。
オーケストラなどの場合は、この数えきれないスイッチをフル稼働するそうだ。

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コントローラーの右手にある「ボーカルブース」
歌手だけがこの中に入り、外部とマイクを通して話しながら進行する。

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録音中の美女たち。
左が白鳥さんの長女、麻衣佳(まいか)さん、右が白鳥英美子さん


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全神経を耳にして、ボーカルブースから流れてくる音を聞き分け、
ディレクターの指示を伝えたり、機械的な処理をするエンジニアー。


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アシスタントエンジニアー。
どんな指示にも、見事なほど瞬間的にきちんと対応する技量の持ち主。。


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打ち合わせ中の関係者たち。

左から、白鳥さんのマネージャー真山香子さん、ディレクター白鳥澄夫氏、
ブルーのカーディガンが私。後ろ姿は編曲家の梅垣達志氏。
右上の男性二名は、このような音楽関係の道を志望する見学者。


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会話の途中でもボーカルブースから流れる歌声を聞きながら、チェックを欠かさない白鳥氏。


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「いい歌になりましたね」
「一度聞いただけで、すぐ覚えられそうよ」
[なんだかひとりでにステップを踏めそうなリズムじゃない?」

一段落したところで、みんな思い思いのおしゃべりをしている。

お披露目は3月22日。

この曲が生まれるいきさつも記すはずだったが、長くなったのでまた明日。

夢色のフラワー・バスケット

春の到来を思わせる気持ちのよい朝だ。
庭でアーチのペンキ塗りをしていると、白鳥英美子さんからの電話が入った。


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「もしもし、広田さん? 今荷物が届いたのよ。
早速開けてみたら、まぁ、なんて素敵な花なんでしょう。
ありがとうございます。とてもうれしいわ」

そう、 声の主は、”トワエモア ”でデビューしたあの白鳥さんだ。
透き通るような声で多くの人を魅了し、
ソロ活動と並行して心に残る名曲を歌っている彼女に、
フラワーバスケットを送ったのには、わけがある。

そのわけについては、明日のブログで詳しく書くが、
このプレゼントで気持ちがリラックスし、
今日と明日のレコーデイングがうまくいきますようにと、
エールを送ったのだ。


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大きなバスケットには、祈りの気持ちと、心が和むやさしい色の花苗を詰めてある。

箱を開けた時によい香りが漂いだすように、”ビオラ・パルマータ (パルマスミレ)”を2株、、

ワインレッドの花弁に白いラインが入ったちょっと気取った”プリムラ・ビクトリアン・デイズ”、

やさしいピンクのプリムラは、八重咲きの “クエカ-ズ・ボンネット”。


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花弁の縁にピンクの口紅をつけているのは、”イングリッシュ・デイジー”、

紫の葉が珍しい、”ビオラ・ラブラドリカ”

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オレンジがかった黄色い八重咲きのプリムラは、” サンシャイン・スージー”

このほか、 ”フォゲット・ミー・ノット” と、”ブルー・クローバー”(一番上の写真を参照)

も入っている。

明日のレコーディングには、私も立ち会うことになっている。
どんな話になるのか、わたしもわくわく。
どうぞお楽しみに。

山菜のギョウジャニンニク ①

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ハウス栽培の山菜が出回り、スーパーストアーに山菜コーナーができて久しい。
近頃は、山菜を競って早出ししているようだ。

そもそも山菜というものは、自然の営みの中でこそ生まれるもので、
たとえば、雪の下から顔を出す蕗の薹、
日当たりのよい土手などに群生する蕗の薹が本来の姿だ。

中東の産油国で起こっている革命は、対岸の火事ではない。
テレビでコメンテーターが、キュウリやトマトなどの値上がりを懸念していたが、
私に言わせれば、季節外れのものを何も高いお金を出してまで食べることはない。

わざわざ石油を焚いてCO2を増やし、地球を汚すことにもなるのだから。

なーんて偉そうなことを言ってはみたものの、
ストアでギョウジャニンニクを見つけたら、先ほどの意気軒昂はどこへやら。

レバーペーストの材料を買いに来たのだが、ガ-リックとこの山菜を交換してみよう。
臭み消しの役目を果たしつつ、ガーリックよりマイルドな風味になりそうな気がする。

石油で育ったこの山菜は、これで498円なり。

                         つづく

お雛様を拝見して

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                         春の喜びを花の形に込めた和菓子をいただきながら                         

ついこの間、正月を迎えたと思ったら、
あっという間に弥生の三月になってしまった。

今日は女子会と銘打って、
4名の老若女女で近くの旧家に伝わるお雛様を拝見してきた。

緋毛氈を敷き詰めた段に飾られた内裏雛のお顔は気高く、
官女や随身たちが手にしたお道具も精緻に作られて、まことにすばらしい。

立派な六曲三双の屏風が、雛壇を引き立て、
桃の花を生けた花瓶のそばには、振袖姿の市松人形も飾られていた。

思い出すことがある。
1941年12月8日、真珠湾攻撃という奇襲作戦によって第二次世界大戦が始まり、
八日後に私が生まれた。
初めの頃は戦争は華々しい勝ち戦だったし、
初の内孫だったせいもあってたくさんのお人形が届き、
お内裏様だけで三体あったそうだ。

戦争が激しくなるにつれて雛人形どころではなくなり、
妹たちは母の作った抱き人形をぼろぼろになるまで手放さなかった。

一昨年はこの妹たちと、
伊豆の稲取りに伝わる吊るし雛を見に行ったが、
どのお雛様を見てもわが子の幸せを願う、
母親の気持ちがひしひしと伝わってくる。

お雛様を拝見した後、お庭を散策。
白梅がちょうどほころび始めており、
久しぶりに清らかな香りをかぐことができた。

広大な庭には、カラタネオガタマとタイサンボクの大木もあった。
花の季節はさぞかし強い芳香が庭全体に漂うことだろう。

機会があったら、また訪ねてみたい。


* 稲取りの吊るし雛については、2009/2/17~19 にアップ。

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