HOME:広田せい子のハーブガーデン

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地熱で実った見事なカカオ





東京都 亜熱帯区 八丈島
とパンフレットにあるように、
この寒い季節でさえも本州では見られない植物が、目に入ってくる。

道路の両脇の斜面や人家の垣根には、アロエのオレンジ色の花が咲き、
道端や空き地にはアシタバにツワブキが群生している。、
緑の濃いところには大きなへゴやエキゾチックなバンブー、
温室からエスケープしたのが野生化したのか、モンステラやパキラ、
デフェインバキア、サンスベリアなども見られた。
ソテツも芭蕉もよく見かけ、
インパチェンスはもう(あるいは、まだ)露地で花をつけていた。
暖かくなったら、さらにトロピカルな花が咲くに違いない。

地熱発電所の近くにあるエコガーデンで、
カカオの果実を見た。
○ッテ ×ーナ チョコレートの包装紙に描かれているので、
色や形の知識はあったが、
実物がこんなに大きいとは知らなかった。
長さ3センチ前後、横幅が15~20センチはありそうだ。

この中に20~60個のカカオ豆(種)が入っており、
これを水につけて発酵させたものがチョコレートの原料となるという。

ここのエコガーンは、地熱を利用して温室を暖め、
パパイヤなどもハウス内で栽培していた。
地元の野菜や花苗も並び、アシタバやカキ菜を買ったら、
店番の奥さんが、麦雑炊やハンパ飯などの島料理の作り方も教えてくれた。

もうわが家へ帰ってきたというのに、まだ気分は八丈島の続きでいる。
この島には、何か不思議な力があるようだ。


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鄙びた海辺の共同風呂で

八丈島には、温泉が数多く点在している。
樫立向里温泉のふれあいの湯、
中之郷温泉には足湯もある安らぎの湯と、ジャグジーやサウナもあるザ・ブーン。
末吉温泉は工事中だったが、海を一望できる露天風呂の見晴らしの湯がある。

このほか滝を見ながら入浴できる裏見ヶ滝温泉は、
道路から土手を降りたところにある緑の中の風呂だ。
入ってみたかったが、男女混浴のため水着着用のこととある。
次回はぜひ。

洞輪沢温泉は同名の海水浴場に近い温泉だが、
その先きで道がなくなる手前に、こんな温泉を発見した。



道が行き止まりでなかったら、素通りしていたに違いない汐間温泉。




誰かがトイレに汐間温泉といたずら書きをして、だまそうとしているような感じの温泉入り口。




波の音がすぐ傍で聞こえ、汐の香りが漂う浴槽。
近くの集落に住む人々のための共同風呂を、一般の人にも無料でオープンしている。

少しぬる目のお湯だったが、あとから体がぽかぽかとして気持ちがよかった。
ここは、土地の人でもあまり知らない温泉らしい。

賑やかな4人姉妹が入って、鄙びた温泉はさぞかし驚いたことだろう。

流人の島のトウガラシ



八丈島へ行くことが決まった時、
頭に浮かんだのは、トウガラシのことだった。
この島には在来のトウガラシがあると聞いていたが、
季節はずれの今頃に、果たして出会えるだろうか。

空港でレンタカーの手配待ちをしている間に、
インフォメーションで聞いてみた。
「夏ならあるんですが、今はねぇ。
もしかしたら、中之郷の地熱館のすぐ傍にあるエコガーデンにあるかもしれません」

ところが、意外に早くトウガラシに出会えた。
刺身に青唐辛子が丸のまま添えられていたので、
「磯崎園」の御主人に尋ねてみると、
「うちの畑にあるから、よかったらどうぞ。
この季節だから、あんまりいい状態ではないけど・・・」
という嬉しい返事ではないか。早速案内をしていただいた。

車で先導されること5~6分。
はるか太平洋をのぞむ斜面に、風除けの生垣で囲まれた畑があった。
温室と里芋畑の奥に、トウガラシのスペースがあり、
冬を越した株が、小さなキャンドルを点したように、赤い果実をつけている。
果実の長さは3~5センチ。成熟するにつれて緑色から赤い色に変化している。
写真では下向きに果実がついているが、倒れた株のためだろうか。
だいたいの株は上向きに果実がついていた。

磯崎さんの話では、
「ひじょうに辛いトウガラシで、昔からあったといわれる品種だが、
交雑していると思われる。
果実は上を向くものもあれば、下向きもあり、どれがスタンダードかわからない。
冬を越して何年も生きてる株があるので、枯れたら杖にすると軽くて丈だ」とか。

八丈島は江戸時代から流刑の島として、さまざまな身分の人々が暮らしてきた。
また、漂着した人もいたし、潮の流れによって種が運ばれてきたことも考えられる。
このトウガラシは、小笠原島や沖縄、はるかトンガなどとルーツを同じくする種のような気がするが、どうだろうか。

島では、シマトウといい、トウガラシがよく使われている。
アシタバの入ったうどんが美味しい「合月」では、薬味に青トウガラシの輪切りを使っていた。
この店では、青唐辛子の冷凍を一袋100円で販売している。

先述のエコガーデンでは、乾燥した赤唐辛子が10本で100円だった。

お土産にも、トウガラシ入りの醤油、オイル、油味噌、ピクルス、一味、七味などなどが並び、夏の最盛期にはもっといろいろな品種も出るものと思われる。

トウガラシの季節に、ぜひまた訪ねてみたいものだ。


心に残る八丈島の郷土料理

羽田から小型ジェットB737で45分。
八丈島へは1日4便の飛行機が往復している。
羽田で落ち合った私たち姉弟の6名は、昼前には八丈島の人となった。

伊豆七島の最南端に位置するこの島は、
西に八丈富士。東に三原山と二つの火山をつないだひょうたん島だ。




まずは腹ごしらえから。
秋山ちえ子先生のご著書「種を蒔く日々」に紹介されていた、
「磯崎園」で郷土料理をいただくことにした。
奥まった座敷に、料理の数々が運ばれるたびに、喚声が上がる。



双子の弟と妹の還暦を祝う旅にふさわしいハイライトは、尾長鯛の活き作り。
モンステラの葉を皿に見立て、特産の岩のりやツバキの花をあしらった豪華な一皿で、新鮮そのものの刺身の甘さと食感が、たまらない魅力だった。
同じく活け作りの金目鯛の一皿も、ぺろり。






サプライズの一品は桜鯛の塩釜。
塩と卵白を練り合わせたペーストを、
和紙でくるんだ魚に塗りつけ、蒸し焼きにしたもの。
塩を割ると中から、上品な白味の蒸し魚が現れる趣向だ。
島育ちのダイダイを滴らせていただく。




コースの最初に出た島の惣菜料理。
左・芋つき(ねっとりとした里芋をつぶして、アシタバと混ぜたもの。写真後ろの、酒盗をつけていただく)
右・セロリのゴマ和え。さっぱりとして美味なり。




左から クサヤの干物 人参 海草の岩のり。濃い色のものは雷大根の煮
付け。蛇腹に切って干した大根が、ユニークな色と味に変わる。アシタバの上のものは? 残念ながら、覚えていない。 




秋山先生お気に入りの麦雑炊。
大麦と、細かく切った人参、ごぼう、海草、油揚げ、里芋、こんにゃくなど
を出し汁でことこと煮込んだ、とろみのある雑炊だ。
滋味あふれるおふくろの味とは、このような食べ物ではないだろうか。
たくさんの御馳走の後なのに、これは別腹。
何杯もお変わりしてしまった。

この磯崎園は、樫立という地区にある。
御主人は、埼玉県のコアラ用ユーカリを主に栽培しておられる。
コアラの食べ物を安全に栽培するために無農薬で取り組み
、店で使う野菜も同様に育てているものばかりだ。
奥様の洋子さんは、心を込めて作る得意の料理と、
やさしいおもてなしで店を続けてこられた。
御主人に熱帯植物や蘭の温室、圃場のいくつかを案内していただいたが、
千葉大で園芸を専攻された方とうかがって、うなづくことしきり。
時間があれば、もっとお話をお聞きしたかった。

さまざまな出会いがあるから、旅は楽しい。

* 磯崎園 東京都八丈島八丈町樫立347
  TEL 0499-7-0041

   

幸せの黄色い水仙



黄色い色には、気分が晴れ晴れするパワーがある。
留守を守ってくれる夫のために黄水仙を活けて、さぁ、八丈島へ出発!

毎年行っている妹や弟との旅行会だが、
姉弟5人ともみんな元気なことは何よりの幸せ。
今頃の八丈島は、きっとフリージアが花盛りだろう。
それでは行ってキマース!

春一番とクロッカス





春1番が吹いた一昨日、
下の庭のクロッカスが、黄金色に輝く花を開いた。

春2番(?)の今日、
西洋菩提樹の落ち葉が散り敷いている上の庭にも、
金ぴかぴかの花が咲いた。
落ち葉の下から、赤ちゃんクロッカスの顔も見える。

昨日から今日にかけて強風が吹き荒れたが、
朝方、ポメロがだいぶ道路に落ちたようだ。
散歩やジョギングで通りかかり、
「早起きは3文の徳」を実感した方がいたと思う。
うちのポメロは完全に無農薬だから、安心して召し上がれ。
皮は捨てずに、ママレードやピールにどうぞ。

秋山ちえ子先生の新しい本



秋山ちえ子先生から、出来たばかりのご著書をいただいた。
タイトルは「種を蒔く日々」。
サブタイトルが、「九十歳を生きる」とある。



今年も1月に、先生からボランティアの教えを受けているJOSのメンバーで、お誕生日をお祝いする会があった。
今回はあいにく欠席してしまったが、いつも凛とした態度で導いてくださる教育者で評論家のお顔と、草花の話をなさるときにみせる少女のような一面を併せ持つ先生が、91歳を迎えられたとは、信じがたい。

「皆様、こんにちは」のさわやかなお声で始まる
TBSラジオ「秋山ちえ子の談話室」が2005年に、
12512回の世界最長番組としてギネスブックに記載された。
この偉業は、なぜ成し遂げられたか。
その答えは、この本にさらりと書かれた先生の足跡をたどることから、
得られそうだ。

~そうだというのは、急いで読むのはもったいなくて、ゆっくりと楽しみたいからだ。
この本には、目次を見ただけで伝わってくるものがある。

第1章 私自身のこと

    90歳までの私と仕事
    「死」を考える
    介護の体験を語る6人の女性

第2章 思い出に浸る その1

第3章 外国の話

第4章 思い出に浸る その2

・・・・と7章まである。
内容は来し方を振り返りつつ、前向きに生き、
弱者に勇気を与え、真に平和をのぞむ先生のお考えが、
美しい日本語でつづられている。

私は第3章から読んだが、秋山先生とお知り合いになったきっかけが69ページに記されていて、嬉しかった。

一気に読まずにと思ったけれど、我慢できない。
そう、読み終わっても、また好きなところから読めばいいのだ。
外は激しい風が吹き荒れている。
今日は土曜日だもの、読書三昧を楽しむことにしよう。





フキノトウのブーケ


ここ2、3日、10度を超える陽気が続いた。
家の前の河津桜は、日当たりのよい下の枝からほころび始め、
ニオイスミレも少しずつ開花数が増えている。

下の庭にある小さな池では、
気温の上昇とともに、金魚たちの動きが活発になってきている。
フキノトウの数も、ぐんと増えた。
土の中から顔を出したばかりの、
新鮮な若草色に爽やかな香り、そしてほろ苦い味も、ちょうど今が食べごろだ。

そうだ、このフキノトウを明日訪ねるI先生への手土産にしよう。
お菓子を買うつもりだったが、春の御挨拶にはこちらのほうがぴったり。
というわけで、出来上がったのが上の写真だ。
まだフキの葉が出ていないので、切れ込みが深く美しいつやのあるアカンサスの葉を3枚使ってみた。
ちなみに、アカンサス(Acanthus mollis)はキツネノゴマ科ハアザミ属で、古代神殿の柱の飾りのデザインによく使われている。
その名残が、現代建築の入り口の柱などに見ることが出来る。

作り方
?フキノトウは、地下茎を4~5センチつけて掘り、汚れた葉などを整理する。

?輪ゴムで形よく束ね、根の半分を一晩浸して水揚げをする。
 アカンサスの葉も同様に。

?フキノトウの足元を湿ったキッチンペーパーでくるみ、
アカンサスの葉でキッチンペーパーを隠しながら、形よくまとめる。

?茎元にリボンを結んで、できあがり。 

しもつかれ



「道の駅」は「未知の駅」と前にも記したが、
よくよく見ると、本当にいろいろなアイテムがある。
茂木の道の駅で目ざとく見つけたのが、
「平成18年しもつかれコンテスト
最優秀賞受賞しもつかれ鉄人」
というシールを貼った、パックだった。

パックの中には、
茶褐色のなにやらどろどろしたものが入っている。
コンテストといい、、鉄人といい、ふざけているのかなと、一瞬思った。
それにしても、このしもつかれを知っているような気がするのは、なぜだろう。

思い出したことがある。
私が講談社に入社して間もなく、同期入社の和賀井さんと友達になった。
彼女は栃木県出身で、
11月をさらりと霜月というようなクラシックな一面をもっていた。
たしか、昼の弁当を一緒に食べながら、おかずに詰めた鮭から、下野(しもつけ・栃木地方の昔ながらの名称)の郷土食「しもつかれ」の話になったような気がする。
「それはそれは美味しいのよ」と語る、彼女の声が甦ってきた。

郷土食の参考書によれば、しもつかれとは栃木県を中心に古くから伝わる伝統食で、
塩引きの鮭の頭と粗く卸した人参や大根、大豆、細かく切った油揚げ、こんにゃく、ごぼう、酒粕などを形がなくなるまで煮たものだ。
初午の日に屋敷神の稲荷様にお供えしてから食べると、家内安全や無病息災
が約束され、それより早くても遅くてもよくないとのこと。

保存食として姿のままに塩漬けにしておいた鮭も、
冬の間食べ尽くして頭だけが残った頃、この料理は作られるのだろう。
頭からは出汁と塩味がでる。
しもつかれは、冬野菜の残りと合わせて作るヘルシーで、滋味のあふれる和風ポタージュとでもいおうか。

「しもつかれ鉄人」作を味わってみた。
見かけはよくないが、何ともいえない奥深い味が、
あとをひいて、はまってしまいそうだ。
温かいご白いご飯よりも、
私は麦飯と冷たいしもつかれが合うような気がする。
作るのに手間がかかるしもつかれだが、
この辺りのスーパーで売っているそうだ。

今夜は久しぶりに青春時代に戻って、
和賀井さんへ電話をしてみようかな。

寒竹の手作りざる



この青々とした寒竹で作ったばかりの水切りざるは、1個500円。
栃木県の茂木にある道の駅で見つけた。
農家の奥さんが農閑期に作ったもので、お世辞にも上手とはいえないが
素朴な手作りの感じがほのぼのと伝わってくる。




真岡鉄道終点のこのあたりでは、
屋敷内に生えている寒竹を用いて、
昔から自家用の道具は自分で作ったという。
ざるも梅干を干すための直系1メートルぐらいのものから、
用途に応じたいろいろなサイズのもの、箕や箒なども作っていた。
しかし、今では繁殖力が強く地下茎で広がる寒竹は庭を荒らすし、
手入れもたいへんなので、ずいぶん整理されてしまったと聞いた。




改めてよく見ると、ざるの底面が直に土や流しに触らないように足をつけ、
力がかかる底の部分はしっかりと編んである。
素朴な感じだが、ハーブの仕分けや、
庭へでる時のちょっとした道具入れ、
果物入れなどに気軽に使えそうだ。

道の駅に電話をしてみたら、生産者に注文し、
コレクト便で送ってくれるという。

さて、いくつ頼んだかは、秘密、秘密。

マイ唐辛子と卒業論文



先日、信州大学大学院 農学研究科の松島憲一農学博士から、
メールをいただいた。
彼は機能性食料開発学専攻 機能性食料育種学の准教授である。

メールは丁寧な礼状で、担当学生の卒論の講演要旨が添付されていた。

先年、私は松島先生を長野県上伊那にある、信州大学の研究室にお訪ねしたことがあった。
唐辛子の育種と開発の研究をされている方と知り、
横浜では気候的に栽培が難しいのに、なぜかうまく育ったCapsicum.pubescens 系統のロコトについてうかがってみたかったのだ。

澄み切った秋空に、唐松林の黄金色が映え、
赤とんぼが飛び交う、気持ちのよい日だった。
正門から続くユリノキの並木道を通り、研究室へ。
驚いたことに、松島先生はスポーツマンを思わせる好青年で、
唐辛子談義に花が咲いた。

実は少しでも研究の役に立ったらと、
私が栽培した(あの当時は)珍しい世界各国の唐辛子を持参して行った。
すぐにお出ししなかったのは、
たいへん失礼な言い方だが、相手をよく見てから判断しようと思っていたからである。

というのは、それまで信用していた人から裏切られ、
思い出すのも身震いするほどの不愉快なことを、体験した直後だったからだ。
ようやく手に入れた貴重な種子や、
研究のためだけに使い、責任を持って外部へは出さないという了解の下に外国の研究所などから、特別に分けていただいた種子などが、
その人の手柄として違う目的に使われていたという、ショックなできごとがあったばかり・・・。

この先生は信用できそうだ。しかし・・・、
試験栽培をしている圃場で、私はワザと
「落ちているものでいいので、一粒だけでもいただけませんか」と聞いてみた。
すると先生はきっぱりと、
「いいえ、これは研究用ですから、駄目です」と、即座に断った。
その時、「ああ、この方なら大丈夫。
学生さんのために役立てて使ってくださるに違いない」と確信し、
マイ唐辛子を手渡したのだった。

メールには、
(前略)さて、本学へお越しくださった際、トウガラシのサンプルをたくさんいただきましたが、本年度、それらトウガラシ系統を含めた様々なトウガラシ系統の栽培調査を行いまして、当方学生が卒業論文としてまとめておるところです。先だって、卒論発表会がありまして、担当学生が発表いたしました。

参考までに、その講演要旨を送付いたします。なお、学生が発表後に広田先生への謝辞を述べさせていただきましたが、本メールであらためてお礼申し上げます。
ありがとうございました。(後略)

と記されている。
マナーやエチケットという言葉が、聞かれなくなって久しい。
このように立派な先生と出会い、
勉強だけでなく、人生でたいせつな多くのことを教わっている生徒は、幸せだと思う。

トウガラシの種を蒔くシーズンが、近づいてきた。


リバティーキルトの基礎準備?



前回は、両面テープと白い大判の紙を買いに行くところまで、記した。
その後アップしていないので、早くも断念したの?、とか、
続きを早く見たい、
頑張ってください、
などというメールや手紙などをいただいた。

御心配くださって、ありがとう。
待つ側は早く進行状態を知りたいと思うが、
好きなときに少しづつ進めているので、どうぞ気長にお付き合いを。
今日は取りかかってみて、
気がついたいくつかの注意点をお伝えしたい。

まず、台紙にする大判の白い紙を探しにホームセンターへ行った。
方眼紙やケント紙、クラフト紙などの置いてあるコーナーで、
ちょうどよい紙を、ゲット。
白地に5センチ間隔で灰色の線が入った、全紙サイズだ。
目盛りがついているのでラインが曲がったり、
布の間隔がずれたりしない。
白い紙だから、生成りやアイボリーの布でも、
色がよくわかるなどの、メリットがある。

両面テープは、さまざまな種類がある中から、
粘着力が強力で、一番幅広のものを選んだ。
まず、3センチほどに切って目的の場所に置き、
指でこすって張りつける。
次に、端のところを爪ではがし、白い紙を一挙に剥がすと、粘着面が現れる。

そこに注意深くあらかじめレイアウトしておいたピース(布片)を置いてみた。
これはダークブラウン方からオレンジ、黄色、クリーム色まで、
しだいに色が変化するように、色彩計画を立てたつもりだ。
一枚一枚貼り付けていくと、しだいにグラデーションとなって見えてくるはすなのだが・・・・。




頭の中の計画と、実際の場でギャップがあるのは当たり前のこと。
こんな場合に活躍するのが両面テープだ。
そっと剥がして、ピースの位置を換え、納得がいくまで色合わせをしてみよう。
このブルーのコーナーがよい例だ。
「設計図」の通りにピースを置いてみたら、濃淡のコントラストがくっきりと出すぎて、不自然な感じがする。

こんな時は、少し離れて斜め上から見下ろしたり、目を細めてみたり、
カメラのファインダーを通してみると、
ギクシャクしているところが見えてくる。

また、無地の布は小さくても目立ちやすく、
白の部分は強いインパクトがあり、どちらも周囲になじまない。

両面テープは、引っ張ると地の目が整わなくなるので、
できるだけ剥がさないように気をつけ、
せいぜい1~2回で終るようにすること。

窓の外は雪。こんな日にこそ暖かいカーペットの上に紙を広げ、
色紙遊びのようなノリで大いに楽しもう。




上のギクシャクしたところを修正したパネル。
ただし、あまりにもスムーズなグラデーションでは、
手作りの面白みが無い。
ところどころ、うまくいかないような感じを残しておくのも、
テクニックの一つではないだろうか。




赤系統のパネル。
ピースの1枚1枚に物語があり、
並べる指の運びも、時々止まることがある。
これぞ主婦の手仕事の醍醐味。
完成の喜びよりも、作っているプロセスが何倍も楽しいのだ。

2月23日にはこのテレビを





今度の土曜日に、ぜひお勧めのテレビ番組がある。

「南こうせつ イン 武道館」のコンサートが、
NHKBS2で、23:30~25:00にオンエアされるのだ。

今から30年前、日本人アーテイストで初めて武道館公演を行った南こうせつが、16年ぶりに同じ場所へ帰ってきた。
もうすぐ還暦を迎えるという年齢など、まるで感じさせない、
円熟しながらも、ますます進化する現役のアーティストとして・・・。

私が1月19日に記したブログを読んでからテレビを見ると、
さらに楽しめるかもしれない。

見忘れた方や、都合が悪かった人へのセカンドチャンスは、
3月15日 NHK-hi で14:30~16;00
の再放送がある。

(写真上)は打ち上げの時にいただいた、こうせつ像焼付けのドロップ缶(中身はまだあり)。

下の写真は、シャガールが描いたようなタッチのシンボルマーク。
LOVEのロゴが入った不死鳥が、舞台に投影されていた。

薪ストーブのすぐ傍で





今朝は道路が混む前に出発。夫のSL撮影に同行して栃木県の真岡鉄道へ来ている。
撮影が一段落したので、終点の茂木(もてぎ)駅の近くの、
洒落たコーヒー店で、一休み。

2階の喫茶室には、北欧のヨツール製薪スト-ブが焚かれ、
ゆったりとした時が流れていた。
薪ストーブの傍に座っていると、優しい暖かさに包まれる。
紅い衣裳でダンスを踊る炎をじっと見ていると、
寒さでこわばった体が、しぜんにほどけてくるのが嬉しい・・・・・。

店内に心地よく響く、バッハのインヴェンションは心を潤し、
注文した挽き立てのモカの香りは、
遥かなエチオピア高地のコーヒー園へと、いざなってくれる。

いつまでもこのままでいたいような、昼下がり・・・。

手袋物語り 105円には見えない手袋



夫が新しい帽子をかぶって、帰ってきた。
「あれ? そのキャップ買ったの?」
「いいだろう。いくらに見えるかな」
「2000円はするでしょう。
でも今はもうセールになっているから、もう少し安いかもね」
「よし、売った」

何とバッグから、帽子が2個とマフラーに手袋まで出てきたのには、
驚いてしまった。
夫の話によると、仕事先で、洒落た帽子をかぶっている青年の帽子をほめたら、100円ショップで買ったものだという。
信じられない顔をした夫に、本当にこの品物をダイソウから買って来てくれたのだそうだ。

ちょうど近くの手芸店へ行く用事があったので、
同じビルのダイソウで買ったのがこのレンガ色の手袋だ。
フリース製で伸縮が効き、中国製だと思うが縫製もなかなかよろしい。
それにしても、こんなに安くては作った人に申し訳ないような気がしてならない。






夫が持ち帰ったマフラーと、帽子3個のうちの1個。
左に写っているオレンジ色のものは、唐辛子のバルーン。
こんなに寒くても、まだ元気だ。

一番上の写真のバックは、ついに霜ではかなくなったジンジャーリリーの葉。


横浜 桜だより ハート飾りのミニ桜





今日はバレンタイン・ディー。
夫には孫娘から手作りチョコ、
お嫁さんたちからチョコレートのお菓子と、
ピンクのハートの飾りがついたミニ盆栽が届いた。

盆栽といっても、インテリア感覚で居間や食堂などに置きたい、
モダンなものだ。
アイボリー色の陶器の鉢には、
蕾をたくさんつけた高さ15センチほどの桜が植えられ、
玉龍をあしらって、山ごけで足もとを覆っている。

「まぁ、嬉しい。きっとこれは八重桜よ」
「おいおい、これは私に来たものだからね」
「あら、説明文があるわ。この桜は‘薄紅小町’という名前なんですって」
「いい名前じゃないか」
「八重桜はソメイヨシノが終ってからだから、咲くのは3月の中旬かしら」
「よし、盛大に桜祭りをしよう」

わが家に輿入れしてきた小町娘を眺めながら、
二人の会話はいつまでも続いていた。

横浜 桜便り 最初の1輪





咲いたっ! 
待ちかねていた河津桜が、とうとう1輪開花したのを今朝確認した。

前回記した1月31日の蕾の感じだと、
少なくともあと4~5日もすれば、開花するのでは?と思われた。
けれども、あれから2週間近く経過したのに、
たったの1輪だけでは、正直のところちょっと淋しい。
ここしばらく冬型の気圧配置が続き、
毎日のように最低温度を更新しているのだから、
やむを得ないのかもしれないが・・・・。
この桜の誕生地・静岡県伊豆地方の河津では、
9日から桜祭りが開かれている。
やはり今年は開花が遅れ、今日の開花状況は3~5分咲きとか。

昨日の夕方、買い物から帰ってきたときに蕾の感じを調べてみた。
薄暗がりの中でも、ふっくらと膨らんでピンク色に染まっているので、
明日はきっと咲くだろうと、期待していた。
ところが、昨夜はひじょうに寒かった。
夜中に風の音で目が覚めたし、
ソフトボールよりも大きなポメロの果実が、道路へ落ちていたのだから、
そうとう強い風が吹いて、気温が下がったのだろう。

昨年の2月15日の満開のブログが、あまりにもきれいなので、
どうも比べたくなってしまう。

楽しいことが先にあると、わくわくしながら待つ間も幸せな時間だ。
思わせぶりな蕾に、一喜一憂するのも悪くない。

手袋物語り Foxglove



吹く風もさわやかな初夏の頃、
イギリスの田舎をドライブしてみよう。
道端の草むらや木立ちの下草、人家の近くの空き地などで、
たくさんの鈴をつけたような、丈の高い花の群落に出会うことだろう。



この花の名前は、英語でFoxglove(キツネノテブクロ)といい、
コールリッジやウィンチェルシーなどの詩にも登場する。
テニスンは ‘The Tow voice’という詩の中に、
‘The Foxglove cluster dappled bells' ( キツネノテブクロも斑入りの鈴を群がらせよう)と描いている。

ラテン語では Digitalis purpurea (ジギタリス プルプレア)という。
古くから薬用植物として知られ、心臓の病気やむくみを取る利尿剤に用いられてきたが、投与量を誤ると死に至るので、素人が用いるのはひじょうに危険だ。



ジギタリスは、植物園や薬用植物園で見ることが出来る。
また、花が美しいので、観賞用として数多くの園芸品種も作出されている。
ちなみに世界的に有名なイギリスの種苗会社、Tompson & Morgan のカタログによると、今年は17品種を扱っている。
基本種の桃紫色のほか、白、クリーム、ピーチ、ワインレッド、ローズなどに加えて、ミルクチョコレート色の花をつけるジギタリスもあった。
見るだけでも楽しいので、
http://www.tmseeds.com/
でのぞいてみてはいかがだろうか。




手袋物語り 家族を助けた手編みの手袋



私のクローゼットの引き出しには、手編みの手袋が入っている。
しかし、眺めたり触れることはあっても、これまでまだ一度も使ったことが無い。




今から5~6年前、厳冬の釧路へ講演に出かけたことがあった。
ハーブに寄せる関心がひじょうに高いこの地域では、熱心な参加者ばかり。あっという間に時間が経ち、気持ちよく講演会を終えることが出来た。
演壇から降りると、我勝ちに駆け寄ってきてサインや握手を求める方も多く、
一段落してほっと一息ついたときに、この手袋が私の手元にあったような気がする。
あるいは夜の懇親会で、手渡されたのだったろうか。

はっきりと覚えているのは、私と同年代の婦人から聞いた、この手袋の由来だった。
「私たちは、たいへん暮らしに困っていた時期がありました。
まだ子供たちは小さく、母が働ける職場も近くにはありません。
母は、家で子供の世話をしながらでもできる手作りの物を売って、
収入を得ることを考えました。
けれども、これといった特技も無い母です。
悩み、困っていた時に、大事にしていた外国土産の手袋を思い出しました。
そして、これだけの模様が入っているのだから、
普通の手袋よりも高く売れると思ったのだそうです」




母にとっては初めて持つ編み棒でした。
見よう見真似で大胆にも、編みこみ模様入りの5本指の手袋に挑戦したのです。
編んでは解き、解いては編んで、とうとう手袋が完成しました。
努力家の母は、頑張り屋。
上手に編めるようになるにつれて評判になり、
しだいによい値段で売れるようになってきました。
わが家はこの手袋のおかげで、支えられてきたようなもの。
ほんとうにありがたいと思っています」

私の手元にある手袋を、よく見てみよう。
手の甲には、クレマチスの花のような模様を編みこみ、
指の1本1本にも飾りの模様を入れてある。
手のひら側には、均等に斜め格子が入り、
側面にもすっきりと縁取り模様が施されている。

それにしてもなぜ私にこんな大事な手袋をくださったのだろう。
いつも素手でハーブの世話をしているので、
テレビに写る手元が荒れているのを、心配してのことかも・・・。

家族を助けるために、必死で編んだというこの手袋を、
私はもったいなくて使うことが出来ないでいる。

手袋物語り 手ぶくろを買いに



雪が降ると、必ず開く絵本がある。

その絵本とは、新美南吉の童話「手ぶくろを買いに」(偕成社)で、
黒井 健の絵が泣きたくなるほど美しい。








北の国の森に、銀ぎつねの親子が棲んでいた。
初めての雪に手が冷たいという無邪気な子狐に、
母狐は一緒に町まで行って手袋を買ってあげようと思い立つ。
雪明りの中を、母狐に守られながら町へ近づく子狐。
仲間がかつて人間にひどい目にあわされたことがトラウマになり、
母狐は町へ近寄ることが出来ない。
そこで、子狐の片方の手におまじないをして、
手袋の買い方を教える・・・・。

もう、ストーリーを書くのは止めよう。
強い感動を受けた本ほど、つたない内容描写は興醒めで意味が無い。
何度読んでも、何度眺めても、
この本からは、母と子の深い情愛がひしひしと伝わってくる。

大正念生まれの新美南吉は、代表作「ごんぎつね」などで、
鈴木三重吉に認められ、「赤い鳥」にのった。
童話や小説などを数多く著したが、その生い立ちは淋しいものだった。

4歳で実母が亡くなり、6歳の時に父が継母を迎え、8歳で養子に出されている。

こうした人生から生まれた、優しい母ぎつねと甘えん坊の子ぎつね像は、作者自身の切ない願望でもあったことだろう。

窓の外には、粉雪が舞っている。

レーズン・ウイッチ





手土産にいただいて嬉しいお菓子といえば、
小川軒の「レーズンウィッチ」が、真っ先に頭に浮かぶ。

細長い箱の蓋を取ると、
レーズンウイッチがきっかり10枚入っている。
ラム酒に漬け込んだレーズンとクリームを
サクッと焼き上げたサブレでサンドしたのが、このお菓子だ。

焼きたては特にサブレの歯ざわりがよく、
バターと卵の香りが鼻腔をくすぐる。
たっぷりと挟んだフィリングのクリームは、小川軒のオリジナルだ。
生クリームとバタークリームを足して、2で割ったような風味は、
コクがあるのに、上品でさっぱりしている。

似たようなというより、
そっくり真似したお菓子を食べたことがあるが、
まさに似て非なるもの。
この美味しさの秘密は、作り方だけでなく経営理念にもあるのではないだろうか。

なぜこのお菓子をいただいて嬉しいかと言えば、
予約をして新橋の店まで買いに行かなければ、手に入らないからである。
ほとんどの老舗は、デパートへ出店したり、通販などをしているが、
新橋の小川軒では一切送ってくれないし、買った品も送らないで欲しいと、
注意書きを入れてある。
おそらく、配送中の管理の責任と、何よりも品質が落ちることを懸念しているのだと思う。

予約無しで店へ飛び込みで行っても、予約優先なので買えない事もあった。
そのうえ、平日は夕方6時、土曜日は5時で閉店してしまう。
だから、店内は袋をたくさん提げた買い物客でいつも満員・・・。

「不二家」や「赤福」「船場吉兆」などとは違う、
味の守り方がこの店にはあるのではないだろうか。

2月の青い柳





天気予報によると、横浜地方は明朝から雪になるという。
しかし、今日は少々ヘンなものを見てしまった。
それは、2月だというのに、
銀座の柳が青々として風に揺れているのだ。
おそらく、温暖化と暖冬による影響で、
落葉せずに冬を越して今に至るという、
つまり常緑樹に近くなっているのではないだろうか。

柳は落葉樹だから、秋には葉を落とし、
春に緑の芽を吹くのが一般的なサイクルである。

そのヒントになりそうな歌がある。

夢淡き 東京    作詞・サトーハチロー 作曲・小関祐而

柳青める日 つばめが銀座に飛ぶ日
誰を待つ心 可愛いガラス窓
かすむは 春の青空か あの屋根は
かがやく 聖路加の
はるかに 朝の虹も出た
誰を待つ心 淡き夢の町 東京

この曲は父から教わった。
歌い出しはややマイナーで真面目な感じだが、
「かすむは」のところから明るい感じに転調するので、
いかにも春らしい喜びが伝わってくる。

キイワードは、
つばめが銀座に飛ぶ日は、柳の枝が芽吹いて緑色に見える頃・・・。

日本大歳時記でツバメの初見日前線を調べてみると、
東京で4月10日とある。

この歌が出来た昭和22年頃は、終戦直後だったから、
地球温暖化どころか、
ご飯を炊く燃料にもこと欠く毎日だったに違いない。
Co2や高温化の原因となる、
車や冷暖房なども皆無に等しい時代だった。
当時の平均温度は今よりもどのくらい低かったのか。
銀座の柳の正しい(?)芽吹きは、
いったいいつ頃なのだろう。

気をつけなくてはならないのは、
作詞家は研究家ではないことである。
きちんとしたデータでなく、
ムードや主観的な経験などから詩を作ることもあるから、
100%資料になるとは、限らない。

・・・・・知りたがり屋の困った癖が、また出てしまった。
いずれにしても、「2月の青い柳」は、
尋常ではないということを、私はいいたかったのだ。

   *   *   *   *   *

銀座の柳についても、興味深いことが分った。
近いうちに、今度は柳の話を。

リバティーキルトの基礎準備 




何事も下準備が出来ていないと、
結果はみじみめなことになりやすい。

特に今回のようにグラデーションを使ったり
あらかじめ作っておいた4枚のパネルを接ぎ合わせて、
1枚の大きなブランケットにするなど、
複雑なプロセスがある作業なら、なおさらのことである。

2月2日以来、何回も図面を書いては、
切り出したピースの色と枚数を数え、
また図面とにらめっこをするうちに、
頭の中でもやもやとしていたイメージが整理され、
形となって見えてきた。

切り出した布のピースを色別に分け、
置き合わせてみることにした。
最初は全紙サイズの方眼紙の上にのせてみたが、
淡い水色の地色が邪魔で、正しい色が分りにくい。
そこで、古いホワイトキルトを使ってみた。




これなら大丈夫だ。
最初は大雑把でいいので、同じ色合いのものをまとめて置いてみる。
布の表と裏を確かめ、方向性がある柄は使う場合の状況を考えて。






色と色のつながりが悪いところを修正し、全体の調子をチェックする。
夜では色が分らないので日中に明るい場所で行うこと。
ちょうど千代紙遊びや、カルタ取りの感覚で、
心楽しく布の置き合わせをするのが、一番の喜びだ。

それにしても、せっかくうまく並べても、窓を開けたとたんに風でばらばらになってしまったり、猫がじゃれないとも限らない。
間違って踏んでしまうと・・・、想像するだけでもぞっとする。
仮に「これだ!」と会心の作が出来ても、
並べ終わってから縫うまでの間、
このままの状態でキープしておくことは難しい。

何か名案はないか。
1列ずつ順番にまとめて、袋に入れ、番号をつけたシールを貼る。
1列ずつ順番にまとめてピンで留め、番号をつけたシールをつける。
どちらも面倒くさそうだし、わかりにくい。
それなら、白い紙に両面テープでピースを貼り付けてみてはどうだろう。
これならうまくいきそうに思える。

両面テープと白地の方眼紙、この2点を、明日買いに行ってこよう。


上方落語を楽しむ





みぞれ交じりの冷え込む夕方、
半蔵門の国立劇場演芸場へ出かけた。
夫の知人でSLファンの桂梅團冶と、桂文我の「二人会」をきくためである。大阪を舞台にヒロインの落語修行を描いた
NHK連続小説「ちりとてしゃん」で、上方落語が注目されているようだが、
この二人は今回が第11回目と、地道に回を重ねてきている。
「二人会」ができたきっかけは、
10年前に、襲名披露を二人とも同じこの場所で行った縁からだという。

にぎやかな出囃子で、
まったく芸風の異なる落語家の噺が始まった。
梅團冶は春團冶一門のお家芸「祝い熨斗」と滑稽怪談「野ざらし」を。
文我は浄瑠璃ネタの「豊竹屋」と、
小泉八雲原作の「お貞の話」を語った。

見かけによらぬ色っぽいしぐさと、人情味あふれる語り口の梅團冶、
几帳面な性格なのか理路整然とことをはこび、喜怒哀楽のメリハリをはっきりと演ずる文我。
どちらも個性的で面白かったが、大阪弁にたっぷりと浸ることが出来たのが、何よりも心地よかった。

上方落語は、江戸時代中期まで源流を遡ることができる。
京都や大阪の街道端で、辻噺や軽口といった自作自演の芸を披露したのが始まりで、後に大阪が主流になったという。
当然、二人の落語は大阪弁で語るのだか、その上手なこと(プロだもの、当たり前のことだが)。
ときどきテレビドラマなどでヘタクソな東北弁や関西弁を聞かされると、いらいらして困るたちなので、出身地を見てみた。

なるほど、梅團冶は岡山、文我が三重県の生まれだ。
聞く人によっては、微妙なニュアンスやアクセントの違いが気になるかもしれないが、
わたしには関西圏内出身者だからこそできる話芸だと、思った。

帰り道には、時おり粉雪が舞っていた。



「早春賦」に母を想う



立春も過ぎ、暦の上では春というのに、
ここのところ、本当の冬といった感じの寒い日が続いている。

日曜日は一日中雪だった。
銀世界と化した庭では、濡れてぼさぼさになった頭のヒヨドリが、甲高い声で餌をねだっている。
庭のポメロの枝に、リンゴやみかんを入れた籠を吊るしてやると、
我が物顔で占領してしまった。

遠慮がちなメジロは、甘いものが大好物だ。
箱根山椒薔薇の枝にミカンを刺し、
砂糖水を入れた容器を、枝の茂みのところにのせると、
嬉しそうについばんでいた。

冬の庭にはジョウビタキ、ツグミなどが常連だが、
もう少し経てば、
ウグイスのあまり上手でない鳴き声が聞こえてくるはずだ。

窓際に佇んで、
母がよく歌っていた、「早春賦」を口ずさんでみた。

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
ときにあらずと 声も立てず。
ときにあらずと 声も立てず。

今日は、寒さの中でも青い花を咲かせているローズマリーのことを書くはずだったのに、
野鳥の観察を教えてくれた母のことが懐かしく思い出され、
脱線してしまった。

小学校教諭の職を辞して、住職の父と結婚した母は、
油絵をたしなみオルガンが上手な、モダンガールだった。
本堂への参道にヒナゲシやワスレナグサ、カンパネラの乱れ咲く花壇を作り、
50数年前、ルンビニー幼稚園を創設したのも、母だった。
今は弟が園長として跡を継ぎ、さらに施設が充実したが、
今も変わらないのは、園児たちへの自然教育である。

さまざまな花を求めて世界中を旅した母は、わたしが生家の入り口に植えたローズマリーを、とても気に入ってくれていた。
特に、青い青い花が咲く品種で、香りもよかったあのローズマリーを・・・。

今日は、草花や小さな動物などを通して、
いつも自然へ優しい眼差しを向けていた母のことが、
なぜか想い出されてならない。



(一番上の写真)
蕾をたくさんつけ、これから花盛りの時を迎える匍匐性のローズマリー、‘カプリ’。

(すぐ上の写真) 
ストロベリーポットに棲みついて、10年ほどになる‘サンタバーバラ’。切れば切るほどリフレッシュし、元気な株に育っている。匍匐性。

ローズマリーについては、近いうちに書きますね。

わがままいちご



今年も、「わがままいちご」が届いた。

箱を開けると、セロファンのカバーをかけた大きなトレイ2個に
クイーンサイズのいちごが、色も鮮やかに並んでいる。
我慢できずに一粒食べてみると、強い芳香が鼻腔をくすぐり、
口の中には甘いだけでなく、かすかな酸味も感じられる。
それにしても、何と大きないちごなのだろう。
小さめのマッチ箱ぐらいのサイズもある。
いちごのきれいな赤と大きな蕚の緑がまるで絵に描いたようで、じつに魅力的だ。

送ってくださったのは、ハーブのクラスの受講生だった小泉房代さん。
彼女は有機農法に取り組んでいる御主人と、元気な野菜を作るかたわら、
仲間たちとハーブ栽培を中心としたグループを立ち上げ、
商品開発にも力を入れている、研究熱心な農家の張り切りお嫁さんだ。

「息子が作った“わがままイチゴ”です」
といただいたのが、このいちごとの最初の出会いだった。
最近は果物までブランド化し、印象や品質をよりよくイメージさせる商品名がほとんどなのに、へたをするとマイナスのイメージを与えかねない「わがまま」と名づけたのは、どのような理由によるのだろうか。



「いちごはとてもデリケートな植物なんですよ。
甘くて美味しいいちご、病気や虫に冒されないいちごを作るのには、
いちごの立場に立って考え、いちごの気持ちになって育てること。
一般的ないちご栽培と比べると、何倍も手がかかります。
いちごの要求を聞き入れて、お姫様のように育てているので、
わがままいちごと名づけたんです」
と房代さんは、語っていた。



「おかげさまで、長男が農業をついでくれることになりました」
房代さんから嬉しそうな声の電話をいただいたのは、たしか4~5年前のことだった。
農家の後継者不足は、今や社会的な問題となっている。
しかし、小泉農園では二人の息子さんが人生の目標を持って、
農業関係の仕事に就いた。

順調に行っていることは、このいちごの味に現れている。

*お問い合わせ先
小泉農園  TEL 080-6532-5306
      FAX 044-866-7352
      取り寄せ便にも応じるとのことです。


キュートな子猫 シャオちゃん


1月8日の「幸せなタヌキネコ」
1月16日の「シャオちゃんagain」に引き続き、第三弾。

ハーイ、シャオちゃんです。




なぜだか分らないけど、
わたしには小さな袋や箱、穴など、何にでももぐりたくなる癖があるの。
かくれんぼのつもりで箱にもぐったら、鬼がぜんぜん探しに来ない。
つまらなくなって、そっと蓋を持ち上げ、
「へへーん、わたしはここよ。早く見つけてー」




お気に入りの場所は、窓際のこの椅子。
カバーにしてあるこのタオルは、
何だかママのお膝のような感じがして、なつかしいのよ。




わたしはスーパーマン!
スーパーのレジバックで遊んでいたら、
いつの間にか、袋がマントのように・・・。
だから、スーパーマンというのかしら?




この家の先輩であり、物知りのユンタ君と。
後から来たのに大きな顔をしていて、ごめんね。




ねえ、ねえ、もっと遊んでよ。




遊びつかれて、美海ちゃんのお膝の上でうとうと。
なんてあったかくて気持ちがいいんでしょう。最高、最高・・・。



シャオちゃんは、今日、雪の中で元気に遊びました。
ちょっと変わった猫ですね。

リバティー・キルトへの第一歩



「私の前世は、きっと蓑虫だったに違いない」、
とエッセイの欄に書いてから、もう2年になるだろうか。
あれからも私の蓑虫癖は衰えるところを知らず、
せっせと大好きなリバティーの布切れを集めては、
眺めたり触ったり、畳み直してはウットリして遊んでいる。

ある日、はっとひらめいたことがある。
ちょうど今、庭仕事はオフ・タイムだ。
このチャンスを活かして、何か作ってみよう。




子供たちが小さかった頃に作った3枚のベビーキルトは、
今でも重宝しているが、かなり汚れて古ぼけてきている。
そうだ、こんな感じでもう少しカラフルなものはどうだろう。
とりあえず、布を6センチ四方の正方形に切ることからスタートだ。
菓子箱の厚紙を切り取って型紙にし、
ロータリーカッターで切っていくと気持ちがスーッとして、
ストレスが飛んでいく思いがする。
切ったピースを色別にして小箱に入れると、
さらにやる気充分の気が湧いてきた。




かなりピースが溜まって来ると、
今度は並べてみたくてうずうずしてくる。

だんだんアイデアも煮詰まって来ると、ノートに書き込んでみた。
これもまた、デザイナーとかアーチスト気分でなかなか嬉しいものだ。




今度は方眼紙にラフなデザインを写し、
カランダッシュの水彩色鉛筆で、色をつけてみた。
せっかく集めた布だから、どの布にも出番を作ってあげたい。
せっかく作るのだから、誰の真似もせずにオリジナルワンをつくらなくては。だから参考書は一切見ていない。
ということで張り切り過ぎて、作品っぽくなったらつまらないし・・・。

嬉しく迷いつつ、こんなデザインはどうかな?
スペースを決め、色をつけてみるとよいも悪いも見えてくるものがある。

正方形を4つに分けて、4隅を赤、青、紫、茶色からスタートし、中心に向かってグラデーションをつける・・・・。
今のところは、ここまで進んだが、さてこれからどうなるか。
乞う、御期待!


チャングムとリンゴ



私は、大の「チャングム」ファンである。
毎週金曜日の夜7時45分からBS2で始まるので、
それまでには晩御飯を済ませるようにしている。

この番組はもうこれで3回目のオン・エアーになるが、
3回見ても面白いのだから、全世界的に人気があるのも不思議ではない。

時は16世紀初頭、舞台は朝鮮王朝の宮廷。
陰謀渦巻く政争と徹底的な男尊女卑の封建的思想を背景に、
「大長令」(テジャングム)の称号を与えられた女性がいた。
宮廷に仕える武官と女官を両親とする孤児チャングムは、
母の遺言を果たすために、宮廷の女官となった。
しかし、茨の道は険しく何度となく絶対絶命の瀬戸際に立たされる。
・・・・・、
どうだろう、ストーリーのまとめがこんなにすらすらとできるのも、
年季の入ったファンの証拠というべきか。
けれども、3回目のテレビの鑑賞法は、筋書きとか誰々のファンなどというレベルではない。
もちろん、フィクションということは、重々承知しているが、
ドラマを通じて、朝鮮王国の文化を垣間見ることが面白いのだ。
例えば、当時の医療制度、漢方を基礎とする医食同源の取り入れ方、
鍼灸術の習得法と施術。
宮廷に於ける身分制度と衣裳、立ち居振る舞い、礼儀作法などなど、
興味のあるテーマが数え切れないほど、含まれている。

だが、いつもこのような硬い話ばかりではない。
昨夜の番組の中で、印象的なシーンがあった。
もともと虚弱体質で、
高潔な政治を望みながらも、腐敗しきった官僚の悪事に立ち向かう体力もなく、
心を許す腹心の友もいない王は、重い不眠症で悩んでいた。
そこで、チャングムは「王様、寝床のそばにリンゴを置いてお休みください。
リンゴの香気がお悩みを消して、ぐっすりと眠れると思いますよ」
と、リンゴの効用をすすめるのだ。
たしかに花の香りや、果物の香りで心が開き、リラックスすることによってよい眠りに入ることができることは事実だ。
このように、番組にちりばめられた暮らしのヒントは、ドラマをさらにレベルアップしている。

いよいよこのドラマも、最終回を迎える。
ここで学ぶべきテーマは、
「ミン・ジョンホ的な大きな愛のあり方」ではないだろうか。

                (自称) チャングム評論家 廣田 靚子


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