HOME:広田せい子のハーブガーデン

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ハーブのヌードル


「日本では大晦日に、ハーブのヌードルを食べるんですって?」
南仏プロヴァンスのクレープ屋で、ハーブ研究家のヨーランドさんからこんな質問を受けたことがあった。
怪訝そうな顔をした私に、彼女は食べかけのクレープを指差しながら、
「クレープは蕎麦粉でつくるんだけど、毛細血管を丈夫にするルチンが含まれているので、薬用ハーブとする人もいるのよ」
「私たちは昔からの習慣で、蕎麦のように’来年も細く長く’生きるという意味があると教わったけど、ルチンで動脈硬化症を防ぐ意味もあったのね」

あの当時は原宿あたりでクレープが流行り始めた頃で、蕎麦粉が主原料ということも、ハーブのカテゴリーに入ることも知らなかった。
1988年の夏のことである。

大晦日の今夜、我が家は小豆島から届いたサザエを焼き、刺身で冷酒をいただいた。年越し蕎麦の代りに先日寄った中軽井沢の「かぎもと」の蕎麦を話題にしながら、夜が更けてゆく。
モーツアルトが流れる部屋で、
来る年もどうかいい年でありますようにと、盃を重ねている。




蕎麦が大好きな夫が頼んだ、大盛り。



パック入りの野沢菜とはまるで味が違う「御菜」。
私は野菜いっぱいのけんちん汁をプラスして。




ごちそうさま。店内突き当りと、レジ奥にある
使い込まれた軽井沢彫りの家具に注目を。




昔から文士や芸能人が贔屓にしてきた老舗。
右の写真は若かりし頃の石原裕次郎と北原三枝。




店の片隅でひたすら粉をこね、切る手打ち蕎麦の作業
中軽井沢駅前にある「かぎもと」。駐車場完備。


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? ? ? な商品 その2

玉葱の皮(粉末)

またまたツルヤで、皮製品?を発見!!!
何と、今度は玉葱の皮である。





今、私たちは玉葱を野菜だと思っている人も多いことだろう。しかし、じつはれっきとした薬用ハーブなのだ。
そのよい例として、エジプトのピラミッドは玉葱がなくては完成しなかっただろう、というエピソードが残されている。
厳しい気象条件、過酷な労働、不潔な衛生状況の中で、数知れない奴隷や労働者たちがいかにして、その命を繋いできたか。その秘密は、ナイル川の定期的な氾濫で育つ玉葱やニンニクを、常用していたからだという。
玉葱の薬効をあげてみよう。イギリスのハーブ研究家、デニ・バウンの著書によると、感染予防、鎮痙、血圧降下、凝結、血糖値降下、去痰、利尿作用
とある。いいこと尽くめだが、肝心の皮については触れてない。

玉葱の皮といえば、ハーブ染めのすばらしい染料として利用できる。
古代からペルシャじゅうたんの黄金色や茶色には、堅牢度の強い玉葱の皮で染めた毛糸が使われているのが、よい証拠といえよう。
確かに、しっかりしたオレンジ色から茶色系統に染まるので、シミのあるセーターや古いブラウスを染めるのにも適している。
ひところハーブ染めに凝っていた頃、台所の量だけではどうしても足りない。そこで、給食係やレストランで働く友人に頼んで、玉葱の皮を取っておいてもらったのは、グッドアイデアだったと思っている。
また、アメリカの友人から教わった昔ながらのイースターエッグの作り方も、興味深い。ひびを入れたゆで卵を玉葱の皮と一緒に煮て、後で皮を剥くと、面白い模様つきの卵ができる。これも懐かしい思い出だ。

さて、これを機会に玉葱の皮についてさらに調べてみた。
玉葱の外皮には「ケルセチン」という抗酸化物質が豊富に含まれており、その量は中身の部分の約20倍という。
元来、ケルセチンは喘息や花粉症用の医薬品としてのみ使われていたが、サプリメントとして利用できるようになったのは2001年からだそうだ。
ケルセチンを摂取後は、血液中の抗酸化力が向上し、LDLコレステロールの酸化を防ぐ力に優れているとか・・・。
専門家でない私には、詳しいメカニズムについて正しいかどうかは分からない。けれども、ドイツの古い料理の本やフランスのハーブ参考書にも、玉葱の皮を剥かずに煮込みやシチュウに入れると、黄金色のおいしそうな色になるばかりでなく健康にとてもよい、とある。

なるほど、ツルヤで見つけた「玉葱の皮」はサプリメントなのだろう。
1日3グラムを目安に、ティスプーン1杯を200ccのお湯で溶かして用いることとある。料理に使いたいので、試しにスープカレーと、ビーフシチュウに入れてみた。心もち色が濃くなったかもしれないが、味とともにあまりはっきりとした変化は感じられなかった。好奇心から買ってしまった初めてのサプリメント。200G入りの一瓶を使い終わった頃に、果たしてどんな効果があるのだろうか。

???な商品 その1

市場やスーパーで

ショッピングが大好きである。
とはいってもいわゆるブランド物とか高級品には、ほとんど興味がない。
海外へ出ても、国内でも必ず立ち寄るのは、一般市民の生活を支えてきた市場やスーパーマーケットが多い。こういう場所では、人々の暮らしぶりが、等身大で見えてくるからだ。
最近は「道の駅」も各地にでき、その土地で採れた農産物や乾物、昔から伝わる道具などがごく普通の値段で並んでいる。
こうした場所で、時おり「はてな」と首をかしげるような商品を見つけると、嬉しくてたまらない。
誰かに話したくて、話したくて・・・。そんな品物を紹介しよう。

いかの皮
軽井沢や小諸、小海線沿線を始め長野県各地に「ツルヤ」というスーパーマーケットのチェーンがある。広々とした駐車場、さらに広い店内は明るくて清潔。分かりやすいレイアウトでまとめられ、しかも並んでいるアイテムはグレイドがかなり高い物が多い。
もしも長野県を山の中の田舎だと侮っていた人は、反省しなければならない。例えば生ハムやチーズのコーナー、調味料の品揃えだけでも、青山や広尾の店と比べてひけをとらないからだ。これが特別な高級店でないところが、生活水準の高さを物語っている。

1年前にこのおしゃれなコンセプトのスーパーで、おしゃれとは縁遠いような品を見つけた。
乾物のコーナーにあった「いかの皮」だ。手に取って見ると、薄茶色のゴムの切れ端のようなものが、びっしりと詰まっている。よくよく見れば確かにいかの皮、すなわち剥いたするめの皮ではないか。
これが商品? 通りかかった中年の婦人に聞いてみると、
「これは出汁の素ですよ。大根とか里芋、こんにゃくを煮る時に欠かせないもんね」
へぇ、皮を剥くのもたいへんな作業だが、それにしてもするめの身のほうはどうなっているのだろう。・・・と考えているうちに、裂きイカとかおつまみ用の味付けイカなどを作る時の、これは副産物ではないかと気がついた。

わくわくしながら皮を大根の煮物に実験的に使ってみたら、大当たり!!!
いかと大根は相性がよいのでよく煮ていたが、皮だけでも同じ味が出ている。これなら保存がきくし、安いので気軽に使えるというもの。たれなどを作る時に使うと、味に深みとおいしそうな匂いをつけるのにも役立った。



するめの皮だけを詰めた「いかの皮」。想定外の優れもので、
煮物の出汁や吸い物の隠し味に、プロも使っているという。 



今回もツルヤの近くまで行ったので、いかの皮を買って帰ることにした。
「あんな変わった品物、まだ売っているかしら」
半ば諦めながら以前並んでいた棚へ行くと、ありました、ありました!
50g入りで298円也。妹や友達へあげてもいいし・・・と、結局5袋購入。
お正月の煮物は、秘密兵器・いかの皮でお味倍増といきましょう!!!

山羊のミルクとヨーグルト

懐かしい飲み物

小諸の宿で、久しぶりに山羊のミルクを飲んだ。
かすかに青い草の匂いがする、真珠母色の濃厚な液体・・・・。
口に含むと、幼かった日々が懐かしく蘇ってきた。

私は5人姉弟の長女だ。
次女、三女と続き、そして戦後間もない昭和22年に、弟と妹の双子が生まれた。当時の食糧事情は逼迫しており、双子たちに飲ませたい牛乳などは、手に入れることが難しかった。
どこを探しても無理ならば、山羊を飼ってミルクを、ということになり、ある日山のほうから連れてきたという白い山羊が、家族に加わった。
メエメエと鳴くので、名前はメエコに決まり、温室だった場所が山羊小舎となった。
餌にする草取りは子供たちの当番制。夕方の乳搾りは母がしたが、ミルクの缶を山羊が引っくり返さぬように,絞り終えるまで山羊の後ろ足を持っているのは、子供の役目だった。
とくとくと音を立てて鍋に移したミルクを弱火で加熱すると、クリーム色を帯びたミルクの表面に、さざ波のような皺ができる。これがクリームだ。周囲の目を気にしつつ、指でひょいと絡めて口に運ぶスリルと、口中に広がる豊かなコクが、麻薬のような魅力だった。


この中棚荘は、夫が以前泊まったことがある。料理ももてなしもよかったので、ぜひ今度は一緒にと、連れてきてくれたのだ。
小諸の懐古園に近く、大正の雰囲気をただよわせている島崎藤村ゆかりの日本旅館は、夫の言ったとおり季節の食材をたくみに取り入れた料理が、美味しかった。ユニークなサービスとして心に残ったのは、フロントで山羊乳のとろりとしたヨーグルトを振舞われ、朝食には山羊のミルクが作家物のマグカップで出たこと。
健康的な若女将も、チャーミングな方だ。山羊のことから話が弾み、子育てやら古民家移築の嬉しい話、等などに花が咲いた。

敷地の中で山羊のさくらの他に丸々と肥えた豚のポー、合鴨にチャボ、犬などが飼われている。
驚いたことに豚はリボンが似合うペットだったそうで、あれよあれよという間に肥って巨大豚になってしまったとか。
私の経験からいって、山羊の赤ちゃんの可愛らしさといったら・・・。横っ飛びに走る様は無邪気そのもの。1日中見ていても見飽きることがない。
若女将の話では、2007年4月28日が出産予定日だという。感動的な出産シーンはともかく、5月頃に行けば小山羊を抱かせてもらえるにちがいない。
24日は孫の美海のピアノ発表会だ。
お土産に頂いた山羊のミルクとヨーグルトを、持って行ってあげよう。
何とも滋養に富んだ、素敵な飲み物ではないだろうか。




今年のJR東日本のキャンペーンで、吉永小百合が旅人となったポスター。
大正ロマンの漂うここ中棚荘で撮影した。

山の斜面に建てられた中棚荘客室。信州小諸の懐古園の近くにある。
島崎藤村ゆかりの宿、として知られている。





季節感をもりこんだ12品の献立は、食前酒からスタート。




凌ぎの「蕎麦茶碗蒸し」。地鶏にあられ餅、焼き葱、軸三つ葉、
叩き梅の具にあんをかけてあるので、あつあつが身上。

替鉢は信州牛ステーキ。人参、椎茸、茄子、胡麻のソースにチャービルを添えて。
メリハリをきかせた献立と程よい料理の量に、客への心配りが感じられる。




お土産に頂いた山羊のミルクとヨーグルトを、自宅の庭のテーブルで。
ミルクは大正時代の切子のコップ、ヨーグルトは英国シェリー窯の紅茶茶碗に。



中棚荘
http://www.komoro.co.jp/

ハーブがあればこんなに幸せ

ハープとハーブ
先日、あるパーティーで挨拶をする機会があった。
その後、会場のあちこちで歓談が始まると、一人の男性が近づいてきた。手には紙袋を持ってにこにこしている。
「こちらはハープをなさっておられるそうで。いや、じつは私どもは音楽活動をしていまして、今度のクリスマスにはコンサートをするんですよ。ハープのパートが加わったら、どんなに深みが出るか。一度、練習場へいらっしゃいませんか」
この方は、司会者が私を紹介をしたときに、どうもハーブとハーブを聞き間違えたらしい。この頃はこうしたケースは珍しくなったが、以前はよくあったことを記憶している。

NHKテレビの「趣味の園芸」で、私が初めてハーブを紹介したのは、今から21年前の1985年のことだった。
NHKでは、それまでパセリやセロリを「香味野菜」の名称で、番組に取り上げていたという。
これからも「香味野菜」で、というディレクターに対して生意気にも私は、
「それでは、利用範囲を食べることだけに限定してしまいます。こうしたカテゴリーの植物には、たくさんの利用法があるし、近い将来はますますインターナショナルな時代になると思います。ぜひとも、ハーブという英語のままではどうでしょうか」と提案した。

「婦人之友」に新連載
こうしてハーブの3文字でスタートしたが、
初めの頃は「ハープ演奏」の依頼が何件もあったし、ハーブティーをハブ茶と間違える人も、続出した。
20年たった今では、ハーブは市民権を得て、愛好者の数も増えた。ハーブの苗や種子は、ガーデンセンターや園芸店でも入手できるようになっている。インターネットでの売買も盛んだ。

けれども、「ハープとハーブ」の例のように、ハーブとは何かをまだよく分かっていない人も多い。
かなりの種類のハーブを植えているのだけれど、使い方がよく分からない。冬は暖かいところに置いて、大切にしていたのに枯れてしまった。
庭中にはびこって困るから、ハーブは嫌いだ。
ハーブとして買っのだが、本当に飲んだり食べたりできるのか。
どんな種類のハーブを揃えたらよいか。

ハーブがかなり流行したとはいえ、こうした疑問を持っている方も多いことだろう。
そこで、初めての方は入門コース、ベテランの方には復習を兼ねてのアドバンスコースとして、新連載を「婦人之友」でスタートした。
利用範囲が広く、栽培が容易で、入手しやすいハーブを12種厳選し、教養としての知識もプラスした内容を考えている。
私がそうだったように、「ハーブがあればこんなに幸せ」になってほしいという気持ちで、1年間ページを作っていくつもりだ。

2月号はハーブの定義とその魅力がテーマである。
そして、「ストーブ園芸」のページではシーズンオフのときにこそ、大切なプランニングを、と書いた。





2月号の原稿は編集担当の北本まゆみさんへ、もう渡してある。
年が明けたら、3月号の入稿だ。
たくさんの方に読んでいただけたら、こんなに嬉しいことはない。

「婦人之友」をアマゾンで見る

パール・ハーバー、そして・・・

今日は,「開戦記念日」。

昭和16年12月8日。日曜日の静かな朝のしじまを破り、日本軍がハワイの真珠湾を攻撃した。この奇襲作戦によって、第2次世界大戦の火蓋は切って落とされた。

戦争が始まった日からちょうど8日後の16日に、私は生まれている。



当時の大本営発表は、「勝ちいくさ」一色という報道だったという。

しかし、初産の若い母親は先行きのことを考えるたびに、ひじょうに不安だったにちがいない。父は師範学校を出たのち数年間は教壇に立ったが、生家円通寺の11世として跡を継ぐために、曹洞宗の駒澤大学へ入学しなければならなかった。

母は教職を辞めて父と結婚をしたものの、夫は大学へ戻り、人一倍きつい姑と暮らす毎日は、おそらく針の筵だったことだろう。

しかも生まれた赤子は、跡継ぎにはならない女の子だった。

寺を継ぐ男の子を産むのは、嫁に課せられた最も重要な仕事だから、母の立場はさぞ辛いこともあったと思われる。

跡継ぎが生まれるまで、母は私の16年を筆頭に18年、20年、22年に5人の子供を出産した。4回のお産で5人の子供では数が合わないと思った方もいるだろう。そう、女、女、女と続き、がっかりした両親は再チャレンジをした。幸いにも男と女の2卵生双生児だったので、跡継ぎ問題は解消ということになった。



戦争は4歳の時に終わった。

幸運にも父も、南方へ出征した叔父も無事帰国し、耐乏生活ながら少しづつ普通の暮らしにもどっていった。

戦争と聞いてすぐに頭に浮かぶのは、本堂の戦死者の部屋だ。

入り口に「英霊位」と墨で書いた大きな木札がかかげられ、位牌段には骨箱や兵士の写真が並んでいた。

兵士といってもまだ少年のような面差しで、耳にウサギの毛で作ったような耳あてつきの飛行帽を被り、ゴーグルを額の上にあげていた。

水平帽に水兵服を着た兵士もいた。

静かな室内に線香の匂いがこもり、母親らしき人がお供えを上げながら、ぼろぼろ涙を流して泣いていた姿が、目の前にちらちらする。

ガダルカナル島を知ったのは、お参りに来た母親の口から聞いたからだ。

戦争といえば、あの部屋のシーンとした静けさと、母親の号泣を真っ先に思い出されてくる。



戦争があってはならない。命を奪うこともあってはならぬ。



平和な日々が続くことを祈るばかりだ。













街路樹は今が一番

 近くに注目



紅葉狩りの行楽には、数多くの名所がある。

だが、遠くまで行かなくとも、

私は美しい紅葉や黄葉を楽しんでいる。



見所は街路樹だ。

ここ数日、ようやく冬らしくなったというか、気温が急に下がった今、

夏の頃の無愛想な緑一色とはまるで違うカラフルな衣装を身にまとっている。



黄金色に輝くのはイチョウだ。

面白いことに、近くの道路の両側にあるイチョウは、

右と左の色が違う。

日照時間が長いほうが早く黄色になり、

反対側は2週間たってようやく色づき始めた。



ユリノキとプラタナスの大きな葉は、褐色に染まる。

夫曰く。「パリの秋という感じだね」



寒さが急に来た朝、

劇的に緑から濃い赤に変化する葉がナンキンハゼだ。

落葉した後、枝先にに白いハゼの実がなっていることに気づく人が多い。

これが和蝋燭(わろうそく)の原料になる。



ケアキ、ニレ、メタセコイアはオレンジがかった明るい黄色。

メタセコイアは渋い茶色に近い色だ。



サクラは絵に描きたいほど、1枚1枚の表情がいい。

黄色から赤へのグラデーションが何ともいえない。



街路樹で思い出すのは、小諸駅前のナナカマド。

高知市のトネリコやトックリヤシ(?)

赤黒い実をつけた八王子駅近くのクワ、

上杉氏が節約のために植えさせた米沢市のウコギ、

マロニエを思わせる盛岡市のトチノキ・・・。



さて、今日は散歩がてらナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)が

どんな色になっているか、見てこよう。



好奇心が強いと、忙しい忙しい。







朝の環八で。朝日を受けて輝く街路樹のアメリカフウ







近くの植木屋さんの畑で、ひときわ目立つ真紅のカエデ







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