HOME:広田せい子のハーブガーデン

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青リンゴによる至福のひととき

ブラムリー・スペシャルランチ

プロのワザというものは、何と奥が深いものだろう。
今日は飯田橋のエドモントホテルで、「青リンゴ’ブラムリー’を楽しむ
料理の集い」が、開かれた。

一昨年の初秋、高名な料理家の辰巳芳子先生にブラムリーをお持ちしたことがあった。一口召し上がった先生は、「これはすばらしいりんごですね。すぐに中村シェフに電話を・・・」 
中村シェフとは、日本で初めてミシュランの星を獲得した中村勝宏名誉総料理長のことだ。ブラムリーの可能性に着目されたお二人のコラボレーションで、早速ブラムリー尽くしの昼食会が開かれた。

2回目の今日は、どんな料理が出るのか。参加者はメニューを手にしながら期待に胸を弾ませている。ご紹介しよう。

Menu de Pomme Vert ”Bramly"。

米沢豚とキャベツと蕪のサラダ
青リンゴとディジョンマスタードのクーリー
Salade de Porc et Chou et Navet Coulis de Pommes Vert

平目と帆立貝のポシェ 青リンゴ入りノルマンディー風
Supreme de Turbot et St-Jacque Poche a la Normade


(左)米沢牛とキャベツと蕪のサラダ
青リンゴとディジョンマスタードのクーリー
(右)平目と帆立貝のポシェ 青リンゴ入り ノルマンディ風



米沢豚の二種の味
Assiette de Porc "YONEZAWA" Deux Gout

●肩ロース肉の青リンゴと信州味噌 白ポルト酒風味
●腕肉と青リンゴの白ワイン似込み

青リンゴのスペシャルデザート
DeliceでDesserts de Pomme Vert
*アクサンの入れ方がまだできないので、すみません。



(左)米沢豚の2種の味
・肩ロース肉の青リンゴと信州味噌 白ポルト酒風味
・腕肉と青リンゴの白ワイン煮込み
(右)青リンゴのスペシャルデザート



皿が運ばれたテーブルからは、言葉にならないささやきが漏れ、皆さんうれしそう、そして幸せそう・・・。
今回は、荒井豊氏をはじめ、辰巳先生のお弟子さんたち、英国王立園芸協会日本支部・キッチンガーデンクラブのメンバーたちが集い、和気あいあい。
飛行機で駆けつけた富山全日空ホテルの市塚シェフや、長野県小布施町から新幹線で参加した鈴木氏も、にこにこ顔だ。
米沢や沖縄の豚肉と、ブラムリーで工夫を凝らしたソースの何と見事なマッチングだろう。
青リンゴの栽培地である長野にちなんで、数種類のきのこを用いたり、ソースの隠し味に信州味噌を使うなど、細やかな配慮が感じられる。

スペシャルデザートが運ばれると、各テーブルで歓声があがった。
クレープに包まれたカラメル状のブラムリー。美しい緑色のソルべ。これは皮ごとミキサーにかけたもの。注目を集めたのは、ドライブラムリーだ。
スライサーで薄く切った果肉を、60度の天火で2日間乾燥させたという。
至福のひと時を過ごして帰宅する途中、辰巳先生のご挨拶がよみがえった。

「今回もこうして集まってお食事ができることは、たいへん幸せなことです。何でもない普通のことができる、ということがすばらしいのですよ。
この会が実現したことに深く感謝しましょう」
どうか、来年も元気で出席できますように。


ブラムリーを愛する3人。左から荒井豊氏、辰巳芳子先生、私。



芳子先生のサインをいただいたメニュー
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ミルクのジャム

フォションなんかに負けないジャム

以前はちょっとお洒落な輸入食材を探すなら、青山の紀伊国屋、広尾のナショナルスーパーまで足を伸ばしたものだ。
ところが今は、すぐ近くのスーパーで、南方のドリアンやスペインのハモンセラーノ(生ハム)でも並ぶようになった。

昨日はジャムの棚で、FAUCHON製の「ミルクのジャム」を見つけた。
375gで1800円近い値段だから、けっして安くはない。
Confit de Laitと記されたラベルと壜の中身を見ているうちに、
「あっ、あれだわ」と思い出したことがある。
息子達が幼稚園へ通っていた頃、よく作っていた「カラメルクリーム」とそっくり・・・。
そうだわ、久しぶりに作ってみて、フォションの味とくらべてみよう。

作り方はひじょうに簡単だ。イチゴにつけるあのコンデンスミルク(練乳)の缶詰を小鍋に入れ、ひたひたの水を加える。沸騰したら、弱火にし、ことこと煮ること2~3時間。火を止め、すっかり冷めてから缶切りで開けてみると、白かったミルクがカラメル色のとろりとしたクリームに変わっているのだ。
一さじ舐めたら、誰でもとりこになってしまうほど美味しい。
「もうこれでおしまい」と言いつつも、止められないので困ってしまう。
パンにつけても、焼き菓子の上に塗っても幸せな味だ。
この作り方は、人事院総裁でボタニカルアーチストの佐藤達夫氏の奥様、
雅子夫人の著書からおぼえたもの。
とにかく、一度つくってみてほしい。フォションと比べてどちらに軍配があがるか、ぜひお試しあれ。



吉祥寺ちょっぴり探検

ハモニカ横丁の興奮

「朝ごはんがすんだら、吉祥寺へ行ってみないか」
金木犀の香る庭に出て、猫をあやしていると夫の声がした。
そういえば1昨日、撮影から帰ってくるなり、
「面白そうだね、吉祥寺というところは。今度連れて行くよ」
と楽しげに話していたのを、思い出した。

駅前の駐車場に車を置いて、さぁ探検!
「なぁんだ、どこにでもある駅前じゃない?」と思いきや、アーケードを入って細い道を曲がったとたん、光景が一変した。
ハモニカ横丁とは言い得て妙。細い道を挟んで小さな店がひしめいている。
この道を行ったり来たりするのが、ハーモニカを吹いているようだから、こう呼ばれているのかもしれない。。
間口1間もあるかないかのカレー屋「ガネーシャ・カレー」には、妙にそそられる何かがある。しかし、なかなか順番が回ってきそうもない。今度来たときにはかならず・・・。
や、や、や、行列が100メートルも続いている肉屋がある。汗をぬぐいながら並んでいる人々のお目当ては、1個160円のメンチカツだ。どんなふうにに美味しいのだろう。祝日なので、結構男性も並んでいる。
その隣の行列は? 「小ざさ」という最中の店だ。朝の8時半から開店しているそうで、飛ぶように売れている。白餡と小豆の粒餡があり、1箱購入。



京王線吉祥寺駅前はよくある風景だ



並んでようやく手にした小ざさの最中



ねっとりとした白餡。(小豆の)粒餡も美味



山田宝生作 常滑焼の急須二点。フォルムが美しく、手の中にすっぽり入る



小さいほうの急須の表面には枝垂桜の線描。ふたの裏にも桜が1輪



蓋のつまみに彫られた花のガク。作家の遊び心が感じられる


こんなことを書いていたらきりがない。面白い異次元空間が次々と現れてくるのだから。パンフレットによると、「南北に70歩、東西に85歩の狭い商店街」とある。ぜひとも制覇してみたい。

しかし、午後から、ハイビジョン放送で「かぐや姫」と吉田拓郎のライブ中継があるので、長居はできぬ。今回は下見ということにした。
きれいな色のTシャツ数枚と、作家ものの素敵な急須2個と普段用1個、玉露などを買って帰宅。

さて、テレビの時間。買ったばかりの急須で玉露をいれ、小ざさで求めた最中でテイータイムを楽しんだ。



「かぐや姫」と拓郎のつま恋コンサート。 野外のステージで、夜の9時半まで
盛り上がった。白いスーツで歌う南こうせつ。



急に思いついた「小さな旅」だったが、近くでも、知らない町を歩くのはわくわくする。また連れて行ってほしいものだ。

ブラムリーは美味しい!

ブラムリークッキング・あれこれ

これまでジャムやお菓子には、紅玉がベストだった。
あの甘みと酸味が調和しているりんごに慣れていた人には、ブラムリーの酸味はショッキングで、最初「えっ」とたじろいでしまうかもしれない。
この酸味こそ、今までのリンゴにない大きな特徴なのだ。



★生で使う場合のヒントをご紹介しよう。

パンプキンサラダ

かぼちゃは電子レンジでホクホクにし,粗くつぶしておく。
1センチ角に切ったブラムリー、きゅうり、セロリ、タマネギを適宜加える。キュウリとタマネギは軽く塩をしてしぼり、水気を出しておく。
マヨネーズで軽く和え、塩、胡椒で味を調える。
☆水分が出ないうちに、早くいただくこと。
☆ぼけて果肉にしゃきしゃき感がなくなったブラムリーには、不適。
☆このほか、ほとんどのサラダのアクセントづけに。


キムチ

ブラムリーを細い千切りにして、梨や大根などと一緒に具材に混ぜ合わせ、白菜の間に挟むと、キムチの味に深みがでる。


サンドイッチ

ハムと一緒にスライスしたブラムリーを挟む。
デジョンのマスタードが、これまたよく合う。


ハンバーグステーキ

熱々の焼きたてハンバーグステーキの上に、ブラムリーのスライスと輪切りのタマネギをのせ、熱で少し柔らかくなったところが食べごろ。


りんご醤油

よい香りと美味しさは果皮にある。剥く前によくよく洗って果肉を利用。
雑菌防止のために果皮は1日干して、醤油に漬けこむ。常温で2週間ほどおき、漉せばりんごの香りとやさしい酸味のある醤油になる。もの足りない風味の場合は、新しい果皮でもう一度最初から。同様に酢でもできるが、どちらも発酵には要注意。


生春巻き

千切りにしたブラムリーとミントの葉、ロースハムを芯にして、生春巻きの皮で巻くと、絶品。海老はブラムリーに負けてしまい、ただ酸っぱいだけ。



★火を通して料理するときのヒント

リンゴが届いたら、とりあえずボケないうちにピュレにして冷凍しておき、
使うつど料理に合わせて、調味するとよい。
新鮮なまま保存したかったら、新聞に包んで冷蔵庫の野菜入れで保存。


ブラムリー・ピュレの作り方

皮を剥き芯を取って、3ミリほどの厚さにスライスする。
琺瑯びきの鍋に水少々とリンゴを入れ、ふたをして中火で蒸し煮にする。
思いのほか早く煮えるので、時々かき混ぜて焦がさないように注意のこと。
電子レンジなら、耐熱容器にりんごのスライスを並べ入れ、ラップをかけて5~6分。甘酸っぱい香りでとろんとしたピュレのできあがり。
冷めてからファスナーつきのビニール袋に入れ、平らに形を整えて冷凍。
こうしておけば、使う分だけ折り取って利用できる。カレーやシチュウに加えると、味が何倍もアップする。


電子レンジで5~6分。蜂蜜色のピュレのできあがり。



ブラムリー・アップル・ジャム

ピュレと同様にりんごを耐熱皿に並べたら、砂糖(写真は甜菜糖)をふりかけ、同様に電子レンジにかける。砂糖の量はリンゴの3分の1からテストして、徐々に増やし、自分の好みの甘さをつける。
なお、熱い状態のときと冷めたときでは甘さの感覚が違うので、冷めてから味を見ること。


甜菜糖とバターを載せて電子レンジへ


☆以外に作りやすいのが、フッ素加工のしてあるフライパン。
焦げない上に、最後の水分を飛ばして煮詰める工程が、うまくできる。


フッ素加工の大き目のフライパン。炒め物のようにジャムができる。



ジャムにはある程度甘みがほしい。やさしい甘さの甜菜糖をまぶすように加える。



最後に煮詰めるところ。部屋中に甘酸っぱい香りが漂って、幸せな感じ。


ポークソティー・ブラムリーソース

アップルソースといえば、豚肉が相性がよい。
イベリコ豚に上等な塩(私はハワイの赤い塩)と挽きたての胡椒をふりかけ、よく熱した厚手のグリルで焼く。
アップルソースを添えて、テーブルに。

☆イベリコ豚とはスペインのイベリア半島に生息していた古代の豚の子孫。
授乳期はどんぐりだけしか食べさせないで、飼育するという。脂は純白で、肉は美しい紅色。肉に香りがある。
取り寄せはこちら。
http://www.dining-plus.com  
フリーダイヤル 0120-590-143


☆アップルソースの作り方 

ブラムリーの皮を剥き、5ミリの厚さにスライスする。
耐熱ガラスにりんごを並べ、コクを出すためにバターを少しづつのせる。ラップをして電子レンジでとろりとさせる。
リンゴ4個を使った場合、5分でほとんど煮溶けるが、少し形が残っているのも家庭料理らしくて素敵だ。
このピュレ状のままでは味に深みがないので、バルサミコ酢をミックスすると驚くほど華やかな風味が加わり、豚の脂臭さが魅力に変わる。

☆好き好きだが、ウスターソースを混ぜると、また一味違うスパイシーな風味になるので、試してみよう。


ブラムリーのロールポーク

豚の3枚肉の片面に薄く片栗粉をまぶし、短冊に切ったブラムリーを芯にして,クルクルと巻き、端を止める。
フライパンにオリーブオイルを少しいれ、リンゴがしんなりし、肉に火が通るまでロールポークを転がして仕上げる。塩でいただくと美味。


スパイシーなローストポーク

肩ロースと3枚肉の塊を同時に焼くのが。我が家流。部位が違っても同じ手間で、利用範囲がひろがるの嬉しい。
リンゴのおろし液に漬けたせいか、やわらかくてやさしい味になった。

作り方は、
味がよく浸み込むように、フォークで肉に穴を開けておく。
ボウルに酒、醤油、蜂蜜、ニンニクとショウガとブラムリーのすりおろし、八角、シナモン、カルダモン、クローブを適宜入れて味見をし、味を調える。この漬け液に半日ほど肉を浸しておくが、ファスナーつきのビニール袋に入れると満遍なく味が浸み込む。
旨みが逃げ出さぬようにフライパンで肉の表面を焼き、暖めておいた180度の天火で、約45分焼く。
焼いている間、漬け液をスプーンで何回かかけるとさらに風味が増す。
☆オードブルやサンドイッチ、サラダなどに。


複雑な下味の秘密は、ブラムリーのすりおろし液にあったとは・・・



焼きたての3枚肉。切ると美味しそうな匂いが食欲をそそる


このほか、アップル・パイ、ソルべ、フリッター、スイートポテトとの重ね焼き、バナナとブラムリーのバター風味、アップルスープなどなども美味。



鳴門金時の薄切りの上にリンゴをのせ、ザラメ砂糖をふりかける。



この秋は、毎日がブラムリーな私だ。

ブラムリー つづくのつづき

小布施の地に青りんごが実るまで

さて、イギリスで評判のブラムリーが、どうして日本で収穫できるようになったのだろうか。
これは、荒井 豊(みのる)氏の並々ならぬりんごへの愛情が、文字通り実を結んだことによる。

今からおよそ20年前のこと、英国王立園芸協会(RHS)に世界でただひとつの直轄の支部が、日本に誕生した。初代理事長は荒井氏である。
RHSといえば、エリザベス女王を総裁にいただき、200年の歴史を誇る園芸愛好家の権威ある大きな団体だ。初夏の園芸シーズン幕開けとして有名な『チェルシーのフラワーショー」は、RHSの主催による恒例のイベントである。また、サリー州にあるRHS付属の『ウイズリー植物園」を世界の各地から訪れる植物愛好家も数多く、現在は35万人の会員がいるという。

このRHSの日本支部実現について、交渉に当たったのが当時西洋環境開発株式会社に勤務していた荒井氏だった。
彼は交渉や契約のために何度となく渡英し、イギリスの実際の暮らしを垣間見るうちに、庭に植えられているりんごの樹が目に付きだした。というのは、彼はりんご生産で名高い長野県小布施町の出身で、生家はりんご農家だからだ。
英国人との話題もりんごなら負けはしない。国は違っても植物を愛する心は同じである。おそらく荒井氏のりんごに対する情熱が、交渉成立の一助になったのではないだろうか。

ちょうどその頃、小布施町では町おこしのことで悩んでいた。
古くから桑を植えて養蚕一筋だったが、昭和初期の大暴落で大打撃を受けた。しかし、いち早くりんご畑に転換して好成績をあげ、栗の菓子と北斎の天井画、古い町並みなどで観光客にアピールしてきたが、りんごの成績がはかばかしくないという。
荒井氏は小布施出身の在京者の会「東京小布施会」の世話役を勤めており、
会には欠かさず出席をする歴代の町長と情報交換をするうちに、ひらめいたことがあった。

荒井氏は、RHSのりんごの保存圃場を思い浮かべた。
そこには800本ではない、800数品種のりんごが、正しい形質を伝えるために保存栽培されているのだ。

彼はかねがね日本には料理用のりんごがないことに、気づいていた。
唯一の紅玉は酸味があるため料理や菓子にも使えるが、元来は生食用だ。
そのため酸味は次第に劣化し、いわゆるボケが早い欠点がある。
食の文化も嗜好も西洋化している現在、クッキングアップルの存在は大きいいに違いない。RHSから導入してはどうだろうか。

このアイデアに町長も大賛成。RHSに申し入れ、導入が決定したのが
1989年のことである。

あれから17年、今年はブラムリーの大豊作で、注文も受け付けられるようになった。りんごを受け取った方々から、うれしい感想をつづったメールやお便りが数多く寄せられている。
英国とのりんごの架け橋に尽力し貢献した荒井氏は今や悠々自適の身。
ふるさとに実を結んだブラムリーの応援団長として、張り切っている。

思えば、RHSから届いた料理用りんごのリストから長野県樹試験場長と5種に絞り込んだのが、1990年1月。
同年2月に横浜植物検疫所で「マルバカイドウ」を台木として接木し、隔離栽培が始まった。
1991年も押迫った暮れに、1種を除いた4種類が小布施の農家に到着。
約1年間留め置かれたことになるが、めでたく定植を終えた。

最初の収穫は1994年。30キロほどを料理テストに使い、4種の中からWilks(ウイルクス)とBramley(ブラムリー)に絞り込んだ。このときに参加したのがエドモンドホテルの中村シェフと私たちの料理研究グループだった。ブラムリーは酸味が強く、ペクチンも多い。すぐに煮溶ける特徴が、アっプルパイに適しているかどうかで意見が分かれた。

2002年、ブラムリー230キロ、ウイルクス360キロの収穫。

2004年、ブラムリー600キロ、ウイルクス440キロを収穫。
辰巳芳子先生主催でエドモンドホテルの中村シェフが腕をふるい、ブラムリー尽くしの試食会が行われた。参加者全員ブラムリーの偉大なる力を実感。
イベントや応援団のおかげで、少しづつこのりんごのことが知られ、「横浜ビゴの店」などの有名店からも、注文が来るようになった。

2005年、ブラムリー800キロ、ウイルクス20キロ。
「新宿高野」のフルーツパーラーで、10月の1ヶ月間「ブラムリーのアップルパイ」として、限定販売にこぎつけた。

そして2006年は、大豊作となった。
荒井氏の資料をお借りして長々と記したのには、わけがある。これから50年、100年後に、この植物の履歴が判然としていることは、食の文化や時代の特質を調べる者にとって、重要な足がかりとなるからだ。

今、私の机の上で芳香を放っているのは、青りんごのブラムリーだ。
明日、この種子をメアリーのように蒔いてみよう。
実生のりんごが実るまで何年かかるのか、どんな実がなるのか、
青い果実に寄せる想いは、どんどんふくらんでいる。






ブラムリー 再び

青りんごに魅せられた人

植物の伝播について調べると、興味が尽きない。
青りんごのブラムリーには、このようなヒストリーがある。

今からおよそ200年前、ロンドンから北東部200キロにあるノッティンガム地方の話である。
Mary(メアリー)という少女が自宅の庭にりんごの種子をまいたところ、
幸運にも発芽し、大きく成長したという。
その後1846年に、マシュー・ブラムリー(Mattew Bramley)氏が、りんごの樹も含めて屋敷ごとそっくり購入。
このおまけについて来たりんごはたいへん料理に適しており、おそらく評判になったのだろう。地域の苗木屋ヘンリー・メリーウエザー(Henry Merryweather)氏が、穂木の提供を申し込んだ。
ブラムリー氏は、自分の名前をつけてくれるならという条件を出して承諾。
こうして実生からできたりんごに、Bramley's seedlingという名前がつき、全国的に紹介されることとなった。
1883年には、英国王立園芸協会から最高賞を受賞したが、管理が悪かったのか1900年ごろに原木が倒木する不幸に見舞われた。
しかし、死んだとばかり思っていた老木の根元から、緑の枝が再びよみがえり、毎年たわわな実をつけるようになった。
2002年には、不死鳥・フェニックスを象徴する「偉大な木50選」に選ばれ、現在でも親木として直かに苗木を生産しているという。
                             (つづく)

イギリス生まれのクッキングアップル

毎日がブラムリーー

一週間ほど前から、我が家の台所には美味しそうな匂いが漂っている。
ブラムリーという緑色のりんごが届いたのでで、いろいろな調理のトライアルをしているためだ。



このりんごは、ただものではない。イギリス生まれのクッキング・アップルで、正しい名称をBramley's Seedling という。
爽やかなアップルグリーンのこのりんごは、まず香りがすばらしい。送られてきた箱を開けたとたん、こもっていた芳香が室内に飛び散る感じだ。
最も大きな特徴は、酸味、ペクチンが強く、加熱するとすぐに煮溶けること。また、加熱や冷凍保存などをしても風味が変わらず、ほかの食材との
相性もよいので、ジャムやソース、アップルパイなどに適している。
それでは生のまま食べてみたら、どうだろう。10人中8~9人は飛び上がるほど『酸っぱい!!!」と叫ぶに違いない。



見栄を張ったりやせ我慢でなく、私には花丸印クラスの美味しさだ。
酸っぱい味に目がなく、青梅をかじったりレモン汁をそのまま飲むのが大好きな私だから、ブラムリーの酸味は、ほど良い感じとでもいおうか。
完熟が近くなるとフジなどには蜂蜜色の蜜が入るが、ブラムリーは、肩の部分に緑色の蜜が入ってとても美しい。しかし、このままにしておくとボケてくるので、私はスライスした果肉をそのまま煮溶かしてピュレ状にし、密閉ビニール袋に詰めて、冷凍保存をすることにしている。

イギリス生まれといったが、輸入品ではない。れっきとした国産品で、今年はブラムリーが豊作だという。まだ注文できるようなら取り寄せてみよう。


注文はこちら
長野県上高井郡小布施町中松496-1 財)小布施町6次産業センター
電話 026-242-6600

慈しむ手

テレビのチャンネルを回していたら、
女性の声で「福島の桃」と言う台詞が耳に入った。
福島市生まれで、福島の桃の美味しさを誇りに思っている私としては、
見ないではいられない。

6チャンネルのTBSで、ドラマのようだ。

台風でずぶ濡れの篠原涼子が、
作業着姿の岩下志麻を手伝って、桃の収穫をしている。

嵐の中でも、冷静沈着に桃を摘み取る岩下の手の何と美しいこと・・・。
作業場のシーンも心に残った。台風から守った桃を、一個一個押し頂くようにケースから取り出し、慈しむように両の掌で桃を撫でながら、箱に並べ替える所作は、茶道の一連の流れにも似て、あるいは日本舞踊の所作のようにも見えてくる。
「桃農家の一年の苦労は、この収穫のときに報われるのです」と、語る
農園の女主人の立ち居振る舞い、物言いは見事なほど潔い。
前後のストーリーを知らなくても、手の動きと間合いの取り方だけで桃への愛情、そしてこだわりを表現できるのは、さすが大女優だ。

今頃、福島では「あかつき」が旬。
テレビに映った桃は、「あかつき」かもしれない。




身欠きにしんの山椒煮

お昼はさっぱりした冷や麦にしよう。
お湯をセットしてから、薬味用のシソとミョウガを採りに庭へ出た。薮蚊が凄いので、この蒸し暑いのに長袖を着用。首にタオルを巻き、紐で吊るす容器入りの蚊取り線香を2個×印にかけて、いざ、出陣!
ついでに山椒も少し摘んでいこうかなと、山椒の木のほうへ足を向けると、
「あれれ」例年になく葉が黄ばんでいる。
普通なら9月初旬は、まだ緑の葉が茂っていたような気がするが。やはり猛暑のせいか、あるいは虫でも入ったのか。

午後からは予定を変更し、山椒の葉を使った保存食作りを。
ノスタルジック・テイストとでもいうのだろうか。この頃は幼い時に食べた味が、たまらなくなつかしいことがある。
山椒と身欠きにしんの炊き合わせは、日持ちもよく、酒の肴や弁当のおかずにもなるので、母はニシンを箱で買い、大きな鉄鍋で煮ていた。
出入りの魚屋は「毎度屋さん」。いつも「毎度、どうも」とお辞儀ばかりしているからだ。藍染の腹掛けパッチがいなせで、片岡知恵蔵に似ていた。

作り方私流
(1)身欠きにしんは半身を食べやすい大きさの4つに切る。
(2) たっぷりのお湯でゆっくりと煮て脂を溶け出させ、うろこや汚れを指で丁寧に洗い流す。ぬるま湯がよい。
(3) 厚手の鍋に砂糖少々、酒、醤油、水で、煮物の味付けより少し薄めの味にし、(2)を丁寧に並べる。にしんの間に山椒の葉をたっぷりと散らす。
(4) ことこと弱火で1時間ほど煮たら酢を少々加え、火を止める。
(5)冷めるまで待ち、身が固くなってから盛り付ける。

残りの煮汁でインゲンやナスなどを煮ると美味しい。
蕎麦にのせれば「にしん蕎麦」に。そうめんや冷や麦などにのせても上等。

小さい頃はなぜか「磨きにしん」だとばかり思っていた。
「身欠き」だとわかったのは、いつ頃だったのだろうか。



チャングムとトウガラシ

庭に植えたトウガラシが連日の猛暑で、急に色づき始めた。
今年は南米のレアもののトウガラシと韓国系のトウガラシの品種を多めに植えたが、韓国系は5品種とも豊作のようだ。いずれもまるで作り物のようなつやつやとした赤い果実を枝ごとに着け、眺めているだけでも楽しい。

NHKテレビ「チャングムの誓い」は、何度見ても興味をそそられる。
舞台は、15世紀末から16世紀初頭の朝鮮王朝の宮廷。陰謀や嫉妬が渦巻く中を、医女であり料理人のチャングムは、妨害や誘拐にも凛として立ち向かい、薬食同源の思想で王様や皇族の命を守ると言うストーリーだ。
筋書きよりも毎回真剣に見てしまうのは、料理の素材や調理法、盛り付け方、健康のための対策、治療法、道具類などが面白いからだ。
さて、真っ赤なトウガラシをキムチにどっさり使う韓国だから、当然トウガラシが出てくるものと思っていた方も、多いのではないだろうか。
最終回まで見たが、にんにくは登場してもトウガラシは1度も出てこなかった。さすが、時代考証もしっかりしている。これが正解なのだ。

コロンブスが大西洋横断に成功し、新大陸からの土産物を初めてヨーロッパにもたらしたのが1493年のことだった。その中のひとつのトウガラシはその後わずか50年の間にヨーロッパはもとより、アフリカ、インド、東南アジアにまで広がり、日本へは1543年にポルトガル船が種子島に漂着した際に、鉄砲とともに伝わったものが定説なっている。
韓国へは豊臣秀吉が朝鮮出兵(1592~95)を行った際に持参した説が有力だが、反対に加藤清正が韓国から持ち帰ったという説もある。
いずれにしても、年代が合わないのでチャングムの時代(中国では明、わが国は室町時代)には、辛い料理はなかったといえる。

庭から切り取ってきた韓国系トウガラシ3種を、お目にかけよう。



photo by Seiko Hirota

大は甘辛、中はピリ辛、小は大辛。

神楽南蛮 再び

8月30日のDIARYに、「神楽南蛮」のことを書いたら、
偶然にも知人のブログに、新潟の主婦から教わってきた「神楽南蛮味噌」の作り方が紹介されていた。
詳しくは、右側のリンク欄にある「民家再構」をどうぞ。

長い付き合いだが、彼女の物を見る目の確かさと独特の生活感覚、シャープな切れ味の言葉の数々を、ブログと言う形で改めて知った。

「お気に入り」に登録し、開くのを楽しみにしている。

ローズマリー夫人の’Four o'clock’

夏の終わりに、庭中を甘い香りで満たす花がある。
夕方の4時頃から翌朝の4時まで花を開くので、英語ではFour-o'clock、
あるいはBeauty-of-the-night ともいう。
日本では,オシロイバナ。黒い大粒の種子の中に、白粉(おしろい)のような細かい粒子が詰まっていることから、こうよばれている。
原産地が熱帯アメリカで、江戸時代に渡来しているせいか、白粉草(おしろいぐさ)、夕化粧、金化粧、銀化粧、野茉莉(のまつり)、紫茉莉(むらさきまつり)と呼び名も数多く、ロマンティックだ。


photo by Seiko Hirota


今、我が家の庭はオシロイバナガーデンと言ってもいいほど、この花が咲き乱れている。夕暮れ時、バス停から家路を急ぐ私を風に乗った甘い香りで迎えてくれたり、庭に干した洗濯物を取り込む時優しい香りに包まれるのは、この上もなく幸せな気持ちだ。

オシロイバナには思い出が多い。
新婚時代を過ごした「千駄ヶ谷アパート」のエントランスに植えたのは、白花種だった。道路から入った5メートルほどの通路脇に,夜目にも白く浮き上がる花の美しさと香り・・・。まだあの頃は勤めていたので、くたびれて帰宅する私を慰めてくれた白いオシロイバナには、特別な思い入れがある。

今、庭をバラ色に染めているオシロイバナは、イギリス生まれだ。
何を隠そう。園芸界でこの方を知らない人はモグリだと言いわれるほど著名な、ローズマリー・ヴェアリー夫人から直接いただいた種子なのだ。
バーンズレイの館に住む夫人は、子育てが一段落してからほとんど独学で
ガーデンヒストリーや造園学などをマスターし、広大な自邸の庭を作り上げた。この事例が昨今のイングリッシュガーデン・ブームの、呼び水となったと言っても過言ではない。
1985年に最初の訪問をしてから、何度となくこの庭を訪れ、夫人から多くのことを教えていただいたが、庭における色彩計画やキッチンガーデンのプランニングなど、今でもゆっくりと話す声と共によみがえってくる。
オシロイバナの種子は、ボーダー花壇の前で採取し、差し出した私の両の掌にあけてくれた。
「学名はミラビリスというのよ。とても美しいと言う意味だけれど、ミラクルと言い替えたいほど、元気なパワーがある花です。きっと驚くわね」

1988年にいただいたミラビリスは確かにミラクルだった。
元気で元気で、根はダリヤのような芋状になり、ざらざらとこぼれ落ちる種子は庭中のあちこちで芽を出し、抜いても抜いてもまた発芽するのだ。
ローズマリー夫人は旅立たれ、あのお屋敷はホテルになった。
これまでは近くのスワンホテルに宿をとっていたが、今度はバーンズレイホテルに宿泊してみたいものだ。

時計を見たらもうすぐ4時。そろそろ思い出のミラビリスの香りが漂い始める時刻だ。


photo by Seiko Hirota

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